第43話 昨日の敵は今日の友②
(嫌味を言いに来たなら早く帰ってくれないかしら?)
そんなソフィアの心の声が聞こえたのかどうかはわからないが、キアラは自分で淹れたお茶を一口飲むと、ほうっと息を吐きこう付け加えた。
「今日はそんなことを言いに来たわけではなくてよ」
ではなにを言いに来たのだろうかと、ソフィアは訝しげにキアラを見つめた。キアラは着ているドレスに施された花の刺繍を軽く撫でると、ソフィアを見返した。
「昨日から、ヴィヴィアン様の部屋の前にいつも近衛騎士が立っているの。あれはきっと、監視だわ」
「監視?」
「わたくし、考えたのよ」
「考えた?」
「ええ。一体あのときになにが起こったのかと。お茶をつまみ食いならぬ掬い飲みしたソフィア様が突如倒れた。と言うことは、きっとお茶になにか混入されていたのだわ」
ソフィアは内心、キアラの鋭い指摘に驚いた。キアラは眉をひそめたまま、自分のティーカップを見つめている。
「わたくしの予想だけど、あのとき入っていたのは恐らく媚薬だわ」
「び、媚薬!?」
「そうよ。意識が朦朧とするタイプの媚薬」
なんだかとんでもない方向に勘違いしている気がするが、ソフィアはとりあえず話を聞いた。
「真相はこうよ! あの日、あの中のどなたかが花嫁選考会で周りを一歩出し抜こうと、アーサー王子への媚薬混入を計画した。きっと、気分が悪くなったアーサー王子の介抱していると装い、既成事実化しようとしたのね。けれど、自分で淹れたお茶に媚薬が混じっていると子細工がばれてしまうわ。だから、他の人が淹れたチャンスを狙って混入させたのよ」
キアラは自信満々にそう言い放つと、どうだと言いたげにソフィアを見る。ソフィアはあまりに突拍子もない想像に、目が点になった。キアラは間違いないとばかりに、その後も淡々と自分の推理を展開してゆく。
「あの……、混入はどうやって?」
「それは……まあ、そうね……。方法は色々あるわ」
「色々?」
「ええ、色々よ」
キアラはゴホンと咳払いする。どうやらそこまで考えていなかったらしい。
キアラは再びティーカップを手に取ると、お茶を口に含む。ソフィアもそれをみておずおずと自分のティーカップに手を伸ばした。一口飲んでみると、奇抜な色合いとは裏腹に優しい味わいが口に広がった。
「──美味しい……」
「当然よ。わたくしが淹れたのよ」
キアラはツンと澄ましてそう言い放つ。
本当にこの人は、なぜ素直に『ありがとう』と言えないのだろうか。ソフィアは遠い目をしてキアラを眺めた。キアラは相変わらずの様子で、人差し指を一本立てるとそれを顔の前に差し出し、身を乗り出した。
「肝心なのは、あの場でヴィヴィアン様がお茶を淹れることは事前には決まっていなかったってこと。だって、思い出してもみて? ヴィヴィアン様のことはアーサー殿下がご指名したのだもの。まあ、あの場では一番妥当な選択肢だったとは思うわ」
「そうですね」
「ヴィヴィアン様以外で指名される可能性は殆どなかったけれど、もしあるとすれば、恐らくわたくしね」
「そうね」
なんとなく癪に障るが、それももっともな意見だ。なぜなら、キアラのギフトは『お茶』であり、一番美味しいお茶を淹れられることは間違いはないのだから。
「つまりよ」
キアラはずいっと体を前に乗り出し、ソフィアに顔を寄せた。
「犯人はなんらかの方法でお茶に媚薬を混ぜた。それを淹れる可能性が高かったのは、ヴィヴィアン様とわたくし。犯人はヴィヴィアン様かわたくしを悪者にして、自分は介抱することを装って既成事実を作ろうとしていたのよ! 犯人にとって最も予想外だったのは、こんなにお行儀の悪いご令嬢があそこに混じっていたことね。合図の前に掬い飲みなんて、誰も想像しなかったはずよ!」
「ちょっと?」
よくもまあ本人を目の前に、ここまではっきりと言えるものだ。
ソフィアのジトっとした視線には全く気付かぬ様子でキアラは体の位置を元に戻すと、スカートの乱れを直す。
「許せないわ! それに、ヴィヴィアン様がお気の毒よ。あなただって、体調を崩したわ」
怒りで顔をしかめるキアラを見て、ソフィアはなるほどと頷いた。
つまり、キアラは自分が悪者に仕立て上げられそうになったことに対して一番立腹しているのだろう。ついでにヴィヴィアンとソフィアの件に関しても怒っているのに偽りはないだろうが、なんともこの人らしい。
「わたくし、あのとき皆さんのことをよく見ていればよかったわ」
「なぜ?」
「だって、お茶が行き渡ったとき、あのテーブルのほとんどのご令嬢はティーカップを口元に運ぼうとしていた。運んでいなかった方がきっと犯人よ」
キアラは口惜しそうに胸元から扇を取り出すと、それを一度開いてまたパシンと閉じた。
小一時間ほどキアラのお茶に付き合ってその姿を見送ると、ソフィアはソファーに腰を掛けてもたれた。
(はあ……。疲れたわ……)
体調はかなりいい。キアラは利尿作用、解毒作用のあるお茶を淹れたといっていたが、もしかしたら本当に効いているのかもしれない。けれど、キアラの突拍子もない空想話に付き合わされて、どっと疲れを感じた。
「賑やかな方ですわねぇ」
「本当に。ずっと喋っていたわ」
テーブルに突っ伏すソフィアを見て、メルはクスクスと笑う。
「これ、片づけてしまいますわね」
「ありがとう」
メルが今さっきまで使っていたティーセットを片付けようと、トレーに乗せる。カチャカチャと陶器と金属がぶつかるような音が部屋に響いた。
「キアラ様が淹れてくださったお茶は、ずいぶんと茶葉が細かいのですね。初めて見たわ」
メルが作業しながら独りごちる。ソフィアはふとメルの方に目を向けた。
「そうなの?」
「はい。とても細かく刻んでありますわ」
メルは茶こし用のフィルターに残った茶葉を眺めていた。
(茶こし用のフィルターと言えば、あのとき……)
あれは確か、アーサー王子がテーブルに来る直前だった。リアンヌが不注意で茶漉しのフィルターを落としてしまい、それを拾い上げた。それで、新しい茶こしに交換したのだ。
「もしかして……」
ソフィアは口元に手を当てる。テーブルを布巾で拭き終えたメルは、険しい表情のまま黙り込んだソフィアを見て、怪訝な顔をした。
「ソフィア様? もしかして、またお加減が悪いのですか?」
「ううん、大丈夫よ。──それより、メル。調べて欲しいことがあるの」
「調べて欲しいこと?」
「ええ。リアンヌ様のことを、どんな些細なことでもいいわ」
メルはその一言でソフィアの意図することを察したようで、表情を真剣なものへと変えた。
「もしかして、先ほど言っていた『媚薬』と何か関係が?」
「『媚薬』なんて使われてないわ。キアラ様の空想よ。ただ、少し気になることがあるの」
(今回ばかりはキアラ様のあの性格に感謝ね)
ソフィアは突然押しかけてきて好き勝手に持論を展開していった訪問者に、心の中でお礼を言った。
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