第50話 花嫁選考会の終わり①

 書庫でソフィアが襲われてから数日後。

 書類に目を通していたアーサー王子は、右手で眉間を押さえると深いため息をついた。なんとも後味の悪い幕引きだ。こんなに近くに犯人がいたのに一向に気が付かなかったなど、自らの迂闊さにやるせなさが募る。


「キーリスは?」

「依然、知らぬ存ぜぬを繰り返しています。しかし、エモニエ伯爵とリアンヌ嬢は認めています。証拠品類も押さえました」

「そうか……」


 ロバート王子の返事に、アーサー王子ははあっと息を吐く。

 ロバート王子がギルモア公爵令嬢に話を聞きに行ったあの日、事態は急展した。ギルモア公爵令嬢の話、ソフィアの侍女であるメルが調べたメモ、それに、スリーサン伯爵令嬢キアラの噂話がヒントとなり、キーリス特級政務官が黒幕だと判明したのだ。

 さらに、その後の調査でエモニエ伯爵家から詳細不明の資金がキーリス特級政務官に流れているのも確認した。金を渡していたのは、闇薬の生産・販売に目を瞑っていた見返りだ。


「今回の事件は、兄上が進めていた監査制度強化の賜物ですよ」


 ロバート王子が慰めるように言ったが、アーサー王子は苦々しげに首を横に振った。

 アーサー王子は政務の一部を担当するようになってから、自身の提案で各機関の不正を防止するための監査制度の導入を強力に推進していた。恐らく、キーリスはそれをやめさせたくてアーサー王子を殺そうとしていた。そして、自身の権力をより強固なものにするために二大公爵であるエルマー公爵家とギルモア公爵家を排除しようとしていた。


「危うく人が死にかけて、最も信頼がおけるエルマー公爵家とギルモア公爵家を無実の罪で没落させるところだった」 

「未然に防げました。それに、恐らく父上が取り返しがつかなくなる前に事態を収拾しましたよ」

「それはそうなのだが……」


 ギルモア公爵家が怪しいと言ったときも、エルマー公爵家が怪しいと言ったときも、父である国王は『よく調べよ』と言って処分を下そうとしなかった。きっと、父親は早い段階で犯人の目星が付いていて、その事態収拾を通じてアーサー王子の力量を計っていたように思える。


「父上の期待に添えたかは正直自信がないな」

「死人も出ずに解決できたので、添えたのではないかと」

「──なら、よいのだが。お前はいつでも前向きで羨ましい。今回の件では、ロバートはもちろん、ソフィア嬢の侍女殿に頭が上がらないな」

「彼女は侍女にしておくには惜しい人材です。是非、侍女を装った特殊諜報員にしたい」

「ははっ、それはいいな。キアラ嬢は?」

「なんでも話してしまうので、偽情報を持たせて敵地に送り込む扇動役には適任かもしれませんね」


 軽口を叩いて笑うロバート王子に釣られるように、アーサー王子も笑いを漏らす。しかし、すぐにその笑みは表情から消えた。


「ソフィア嬢の調子はどうだ?」

「変わりません。です」

「そうか……」


 二人の間に沈黙が流れる。


「ロバート、どうするんだ?」

「また最初から口説くだけですよ。何度だってやります」


 笑いながらそう言った弟の瞳がふと寂しそうに陰ったことに気付き、アーサー王子は口を噤んだ。  


    ◇ ◇ ◇


「ああ、ドキドキするわ。どうしましょう」

「誰になっても恨みっこなしよ?」

「いよいよ明日ね。緊張して眠れないかもしれないわ」


 ここ数日、そんな会話がそこかしこから聞こえてくる。ソフィアは目の前でそんな会話が繰り返されるたびに、「そうですわね」と笑って答えていた。なぜなら、それ以外に答えようがないのだ。


 ソフィアは花嫁選考会に参加するために遠路はるばる王都までやってきた。そして、叔母のコーリアの嫁ぎ先であるリンギット子爵家に滞在して一次試験から三次試験に挑み見事に勝ち進み、今は滞在先を王宮に移して最終選考まで残っているらしい。

 らしい、というのは、これらが全て伝聞でありソフィアの記憶にはないからだ。


 ほかのご令嬢から聞いたところによると、ソフィアはお茶会中に体調不良を起こして倒れ、そのまま丸一日高熱に魘されたそうだ。そのショックなのか、この二週間と数日の記憶が曖昧だ。さらに、先日も王宮の奥まった書庫で倒れて近衛騎士に運ばれていたという。

 恐らく今日中に選ばれたご令嬢に内々定の通達があるだろうとのことなので、まわりのご令嬢は今か今かと落ち着かない様子だ。しかし、これまでの選考の記憶がないこともあって、ソフィアはこの花嫁選考会自体が他人事のように感じてしまっていた。少なくとも、自分が選ばれることだけはないだろうと思っている。


(──と言うより、選ばれても困るわ)


 ソフィアは心の中で呟く。

 なぜなら、ソフィアは嫌々ここに来ただけだし、王太子妃の座に興味はない。願わくは、恋をした相手と結ばれたいのである。


 そして、実は今まさに現在進行形で気になる人がいる。その人は恋物語さながらに、倒れていたソフィアを発見して部屋まで運んでくれた騎士様なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る