第30話 最終選考の始まり④
ヴィヴィアンのお茶会を終えて部屋に戻ったソフィアは窓から外を覗いた。庭園の奥側は背の高い木が生け垣のように植えられて中が窺えないようになっている。その手前には、白い騎士服を着た人達がぽつぽつと歩き回っているのが見えた。王宮内を警備する近衛騎士達だろう。
「メル。わたくし、気分転換に少しお散歩に行ってきてもいいかしら? メルはどうする?」
ソフィアはメルに声を掛ける。
「わたくしは昨日洗濯係に預けたドレスを受け取りに行ってまいりますわ。今日は楽しみ過ぎました」
聞かれたメルは苦笑いをする。
ここには王宮侍女もいるので、身の回りの世話は彼らがやってくれる。そのため、メルはソフィアがお茶会をしている間、同じ部屋の片隅でヴィヴィアンの侍女とずっとお喋りをしていたのだ。
「そう言えば、あの黒髪のご令嬢ってどなたなの?」
「黒髪? サンワート子爵令嬢のミルシー様ですわ」
「ううん、違くって。今も残っている痩せていてすらっとした方よ。髪が少しウェーブしている」
ソフィアは否定の意味を込めて手を前で振った。
ミルシーはいつもキアラと一緒にいた少しふくよかなご令嬢だ。今はいないので落選したのだろう。今ソフィアが知りたいのは、裁縫の場で犯人だと勘違いした方のご令嬢だ。
「すぐにはわからないので、早速調べてまいりますわ」
にっこりと笑うメルは、心なしか楽しそうだ。やっぱりメルはスパイ活動に向いている気がする。
「ありがとう。──じゃあ、わたくしは少し散歩に行ってくるわ」
「はい。お気をつけて」
ソフィアは笑顔で手を振ると、庭園へと向かった。
王宮の庭園は二階から見下ろしても十分素敵だったが、実際に足を踏み入れるとまるで世界が変わったかのようなよさがあった。三六〇度どちらを向いても美しく調和がとれた景色だ。
どこからか飛んできた白と灰色の小さな小鳥は、小枝の上で首を傾げながらツピン、ツピンと可愛らしく鳴いた。
爽やかな風が吹き、木々の葉を優しく揺らす。すぐ近くのピンク色の花弁にはミツバチがとまっている。前方に視線を向けると、少し向こうには花と緑のアーチが見えた。
「綺麗……」
ソフィアは花に引き寄せられる蝶のように、ふらふらとそちらへ向かう。
世界が花と緑で作られたかのような錯覚を覚えそうな場所だ。その花と緑のトンネルを抜けると、目の前には小さな鉄柵製の門があった。柵の隙間からあちらを覗くと、そこにもたくさんの花が咲いているのが見える。
「わぁ」
ソフィアは感嘆の声を上げ、そっと鉄柵に両手を添わせると、その合間から向こうを眺めた。
鉄柵の向こうには黄土色の煉瓦を敷き詰めた小道が続いており、両脇には色とりどりのバラが咲き乱れている。奥の方には噴水も見えた。
(凄い……)
あの噴水一つとっても、とても高い造園技術であることを窺わせた。それに、少しだけ見えるバラもとても見事だ。一体この奥にはどんな素敵な空間が広がっているのだろうと、想像が膨らむ。
「入ってもいいのかしら?」
わざわざ鉄柵があるのだから、立ち入り禁止になっているように見える。
ソフィアが恐る恐る鉄柵のドアノブに手を伸ばしてゆっくりと回そうとしたが、それは開かなかった。
「──やっぱり立ち入り禁止なのね」
ソフィアはその扉から手を離し、柵の向こうを眺める。そのとき、風に乗ってまたあの香りが漂ってくるのを感じた。背後から地面を踏みしめるときに枝が折れるパキッという音。
「誰?」
ソフィアはパッと後ろを振り返る。
「まあ、ボブ!」
「フィー、偶然だね」
そこにいたのはボブだった。近衛のみに着用が許される金の飾りが施された白い騎士服を着ており、襟元には高位階級であることを表す襟章がついていた。先ほど部屋から近衛騎士達が巡回している様子が見えたから、仕事中なのかもしれない。
「散歩中かな?」
「ええ。お庭がとても綺麗だから、散歩していたの。雨が降る前に見たいな、と思って。ボブもお仕事中?」
「まあ、そんなところだね。フィーが歩いているのが見えたから。あちらが気になる?」
「綺麗だな、と思ったの」
「行こうか?」
「門に鍵がかかっていたわ」
それを聞いたボブが鉄柵のドアノブに手を伸ばす。ノブを回すと、カチャリと音がしてドアが開いた。
「開いたよ」
「え?」
ソフィアはその開いたドアを見つめた。
(おかしいわね……)
先ほどは鍵が閉まっているように感じたけれど、気のせいだったのだろうか
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