第11話 波乱の予感

 門を抜けたソフィアは、そのまま係の者に馬車乗り場へと案内された。

 王宮の敷地は広大だ。馬車乗り場だけでも、貴族の屋敷がまるまるひとつ入ってしまいそうなくらいの広さがある。門から試験会場までもかなり距離があるため、馬車で移動するらしい。

 その移動に使う馬車も、さすがは王室が用意したものだ。ソフィアが三日間の移動に使用したものよりずっとフカフカで座り心地がいい。それに、外側にも内側にも細かい装飾が施されていた。


「早速あの門で帰されたらどうしようかと思ったけど、よかったわ」

「本当に。ほっとしたわよね」


 馬車に揺られながら窓枠に施された装飾を眺めていると、そんな会話が馬車に同乗した二人のご令嬢達から漏れ聞こえる。


「それより、一次試験はなにかしら?」

「さあ? ああ、緊張するわ」


 ソフィアはチラリと声のする方向を見た。茶色い髪に赤い花の髪飾りをつけた小柄のご令嬢と、少しだけふくよかな黒髪のご令嬢が盛り上がっている。二人の様子を見る限り、元々お友達のようだ。


(一次試験、なにかしら? 通過できるといいのだけど……)


 ソフィアはだんだんと近づいてくる王宮を仰ぎ見た。近づくと、ただの黄土色に見えた外壁にはたくさんの彫刻が飾られているのがわかった。外側に飛び出た柱一本をとっても、ただの円柱ではなく、上下に盛り上がった装飾が施されている。


「凄いわ……。想像以上ね」


 ソフィアはその豪華絢爛さに思わず独りごちた。先ほどは想像通りだと思ったが、近づいてみると想像以上だ。こんなところで暮らす人がいるなんて。まさに雲の上の人に思える。


「あら。あなた、王宮を訪れるのは初めてなの?」


 先ほどの茶色い髪に赤い花の髪飾りをつけた小柄のご令嬢がソフィアの独り言を聞きつけ、訝しげな表情を見せる。


「はい。記憶がある中では初めてなのです」

「舞踏会でも一度も見ない顔ね。もしかして、今回の試験に混じっているっていう平民かしら?」


 もう一人のふくよかな黒髪のご令嬢がソフィアをジロジロとみてから、フンと鼻で笑った。その隣に控える彼女達の侍女らしき者まで見下したような目でこちらを見つめる。


「初めての王宮が花嫁選考会? まあ、大丈夫かしら……」


 黒髪のご令嬢がため息をつくその大袈裟な仕草からは、格下認定したソフィアを見下して、心の中では嘲笑しているのが明らかだった。

 舞踏会に一度も行っていないのは紛れもない事実である。ソフィアはその不遜な態度に気づかないふりをしてやり過ごそうとした。しかし、ソフィアの努力むなしく先にメルが反応する。大事な主をバカにされて黙っているメルではないことを失念していた。


「聞き捨てなりません! お嬢様はれっきとした貴族令嬢でございます! あなた達の方こそおおよそ貴族のご令嬢とは思えない、失礼な方達ですわ!」

「なんですって!」

「ちょっとっ! メル、やめて」


 そのご令嬢の顔が怒りで赤く染まったのを見て、ソフィアは慌ててメルを窘めた。そして、二人のご令嬢の方を向くと「ごめんなさい。侍女が失礼なことを言いました」と謝罪した。王宮に来た早々、こんなところで下手に揉めたくなかったのだ。

 黒髪のご令嬢は不愉快そうに顔をしかめ、胸元から扇を出すとパシンとそれを開く。


「ふんっ。まあいいわ。あなた、侍女を選ぶときは気を付けた方がよくてよ」

「? どういう意味でしょう?」

「程度の低い侍女を連れていると、あなたまで品位が疑われるわ」


 そういうと、目の前のご令嬢はほうっとため息をつく。 ソフィアは暫し無言でその意味を考え、理解すると目を据わらせた。


「それは、メルの程度が低いってことかしら?」

「だから、そう言っているでしょう」と黒髪のご令嬢が答える。

「なるほど。程度が低いと自分より優れた相手の技量は見極められないですものね。だから、周りにも程度が低い人が集まるのですわ。よくわかります」


 ソフィアは一瞬でこの二人を敵認定すると、思いっきり嫌味を言ってやった。売られた喧嘩、買いましょう! 自分のことなら我慢できる。けれど、大事なメルを貶める発言をするなんて許せない。

 目の前の黒髪のご令嬢は目を瞬かせると、その意味を理解して顔を真っ赤にした。


「まあっ! 侍女が侍女なら、主も主ね」

「淑女なら、少しは穏やかにお過ごしになったら? 騒がしいこと」


 横でけたたましくなにかを叫んでいるけれど、ソフィアはそれを全て無視した。人を小ばかにしてくる人を相手にする義理はない。


「あなたみたいな下品な女、一次選考で落ちるに決まっているわ。アーサー殿下の目に入れるのも煩わしい」


 ソフィアはそう言われたときに、さすがにムッとした。こんなにぎゃーぎゃー騒ぎ立てる女に下品呼ばりされる覚えはない。


「わたくしが落ちるかどうかを決めるのはあなたではなく、王宮の方ですわ。煩わしいかどうかを判断するのもあなたではなく、アーサー殿下です」

「なんですって!」


 またもや目の前のご令嬢が絶叫する。掴みかかられそうな勢いなので、ソフィアはとっさに構えた。隣に座るもう一人のご令嬢が、黒髪のご令嬢に「もうおよしなさい」と諭す。


 こっちは日によっては畑を耕し、川で魚を釣り上げることもある田舎の貧乏伯爵令嬢なのだ。毎日ソファーに座って優雅にお茶をする貴族令嬢に負けない自信はある。叩かれそうになったら逆にたたき返してやろうじゃないか。だって、正当防衛だし。

 そう思っていたけれど、実際にはそうはならなかった。馬車がちょうど停まって、ドアが開かれたのだ。


「お嬢様方、こちらへどうぞ」


 係の御者が慇懃にお辞儀をし、外にでるように促す。目の前のご令嬢はハッとした様子で表情を取り繕うと、何事もなかったかのように優雅に微笑んで馬車を降りた。ここで下手に揉めているところをみられると、選考に響くかもしれないのだ。


(なんだか、前途多難そうだわ……)


 ソフィアはその後ろ姿を眺めながら、はぁっと小さく嘆息した。

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