第38話 お茶会
ロバート王子の一日は、アーサー王子とその日のスケジュールを確認し合うことから始まる。この打ち合わせは毎日二人だけで行われ、日によっては急な代役を頼まれたりもする。この日もスケジュール確認に行ったロバート王子は、意外な依頼におやっと思った。
「今日のお茶会をですか?」
「ああ。少し医薬院と建設局のことで気になることがあるから、資料をあたる時間が欲しい。代わってもらえないか?」
アーサー王子は浮かない様子で手元にある書類をトントンと指で叩いた。それは昨年度の各院・各局の業績や資金の流れなどがまとめられた報告書で、アーサー王子が政務官に指示を出して作成させたものだ。どうやらその中の二つに気になるところがあるらしい。
体を動かし剣をふるうことが好きなロバート王子に対し、兄のアーサー王子は頭脳派だ。執務机の両脇にはいつも山積みの書類が積み重なっていた。
今日はアーサー王子も含めて、王太子妃候補達が一堂に介してお茶会が開催されることになっている。昨晩まではアーサー王子が参加する手筈になっていたのだが、そこにロバート王子に代わりに出席してほしいという。
「別に構いませんが、兄上がいなくてヴィーががっかりしますね」
「ヴィーには後で時間を作って会いに行くよ。恩に着る」
アーサー王子は表情を和らげると、ロバート王子にお礼を言った。
◇ ◇ ◇
今日はアーサー王子を囲むお茶会がある。
ソフィアが会場になる庭園の一角に到着すると、そこには大きな丸テーブルが三つ設えられていた。ご令嬢の人数が多いので、アーサー王子は各テーブルを順番に回るようだ。
参加するご令嬢達は自分を一番美しく見せようと着飾り、色とりどりの志向を凝らしたドレスを身に纏っている。
(どこに座ろうかしら……)
ソフィアは辺りを見回す。
今日も出遅れたようで、ほぼ席は埋まっていた。
「フィー、こっちが空いているわ」
ソフィアを見つけたヴィヴィアンが笑顔で手を振る。
それに気付いたソフィアは、ありがたくその隣に座った。ヴィヴィアンの反対隣には今日もミレーがいる。そして、ソフィアの反対隣にはキアラが座っていた。キアラはソフィアの顔を見て、眉を寄せる。
「ねえ、あなた体調が悪いの?」
「え?」
「なんだか顔色が悪いわよ」
ソフィアは慌てて顔を両手で包む。
実は昨晩、殆ど眠れなかった。
もしも本当にアーサー王子がヴィヴィアンと恋人同士なら、一体この会はなんのためにやっているだろう。悩んでいたら眠れなかったのだ。
「わたくし、今日はたくさん茶葉を用意してきたから後で血行に利くお茶を淹れて差し上げるわ」
キアラは自分の前に置かれた、様々な種類の茶葉が詰まったたくさんの小瓶を指さす。アーサー王子に振る舞いたくてわざわざ用意したのだろう。
「はぁ」
ソフィアは気の抜けた返事をする。
なんだろう。いつも意地悪なことばかり言う人が親切だと、気持ちが悪い。
「なによ?」
「いえ、なんでもございません」
慌てて愛想笑いを張り付け両手を胸の前で振ると、ソフィアは椅子に腰を掛けたまま辺りを見渡した。
(ロバート殿下、いらっしゃらないわ)
ロバート王子はアーサー王子の近衛騎士をしているが、一緒にいるのは大体半分くらいだ。今日はいないので、別の場所の警備でもしているのかもしれない。ソフィアは少し残念に思った。
そのとき、辺りが騒めいた。
振り向くと、ちょうど会場入りしてきたアーサー王子と目が合った。アーサー王子はソフィアと目が合うと柔らかく微笑んだが、すぐに表情を固くして近づいてきた。
「ソフィア嬢。体調でも悪いのか?」
まっすぐにこちらに歩み寄り、心配そうに顔を覗き込む。
ふわりとあの魅惑的な香りが漂った。
キアラと全く同じことを聞かれて、ソフィアは内心苦笑した。どうやら自分はよっぽどひどい顔をしているらしい。もしかしたら目の下に
「いいえ、大丈夫です」
「本当に? 気分が優れないなら、休んでいてもいいんだ」
「そうよ。気分が悪いなら戻るべきだわ。倒れられても迷惑だもの」
キアラがすかさずそう付け加える。
ソフィアはムッとして横を見る。
さっき親切だと感じたのは間違いだった。相変わらずの性格だ。
「本当に大丈夫ですわ」
ソフィアはふるふると首を振ると、アーサー王子に元気に微笑んで見せた。
「そう? 雨に濡れて風邪をひいたのでなければいいけど。じゃあ、会を楽しんで」
アーサー王子はにこりと微笑むと、「じゃあ」と言って離れていった。
(なんでわたくしが雨に濡れたことを知っていらっしゃるのかしら?)
ロバート王子がアーサー王子に話したのだろうか。アーサー王子は政務官に案内されたソフィアとは別のテーブルの席に座った。
(今日は、いつものアーサー王子なのね)
日替わりのようなその態度の違いが、ソフィアを混乱させる。
(もしかして、二重人格とか?)
ヴィヴィアンに目を移すとしっかりと目が合う。小首を傾げるとにっこりと微笑みかけられた。
お茶会の開催時間は一時間だ。
アーサー王子は二十分毎にテーブルを変わり、三つのテーブル全てを回ることになっていた。ソフィアのいるテーブルは一番最後だ。
アーサー王子がいない間は普段のお茶会と変わらないので、その場は和やかな空気が流れていた。そのとき、「あっ」と声が上がってソフィアはそちらに目を向ける。
「落としてしまったわ。とりかえていただける?」
「かしこまりました」
話しているのはソフィアが刺繍切り裂き事件で犯人だと勘違いしたリアンヌと近くにいた王宮侍女だ。どうやらリアンヌが不注意で茶葉を濾すためのフィルターを落としてしまったようだ。
暫くはそんなのんびりとした光景が広がっていたが、ようやくアーサー王子がやってきたとき、同じテーブルにいたご令嬢達にも緊張感が走った。皆、アーサー王子に少しでもアピールしたいと虎視眈々とその機会を狙っているのだ。
そのピリッとした空気をほぐすように、ヴィヴィアンが口を開く。
「殿下もいらしたことだし、お茶を変えましょう。ぬるくなったものをお出しするのもいかがなものかと」
それに反対する者は誰もおらず、すぐに新しいポットとティーカップのセットが運ばれてくる。王宮侍女は一番の高位貴族であるヴィヴィアンの前にそれを置いた。
キアラはすぐに身を乗り出し、「わたくしがやりますわ──」と名乗り出たが、周りのご令嬢も「わたくしが」と次々に声を上げてその声を掻き消す。
「どうしようかしら」
ヴィヴィアンは困ったように我こそはと身を乗り出すご令嬢達を見渡す。それを制するようにアーサー王子が右手をゆるく挙げた。
「では、最初の一杯目はヴィヴィアン嬢にお願いしよう」
中立案としての提案だろう。ヴィヴィアンは間違いなくこの場で一番の高位貴族なので、反論も出にくい。乗り出していた面々も、皆体を引いて椅子に座りなおした。
ティーポットに茶葉とお湯が注がれ、湯気が立ち上る。ヴィヴィアンはそれを優雅な所作でティーポットに注いだ。
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