第19話 三次選考②

 配られた材料は、数種類の布から個々人が希望する三枚と、たくさんの色合いの刺繡糸、それに裁縫用の糸だ。布はさすがに王室が用意しただけあり、とても上質な生地ばかりだった。中にはシルクのものまで混じっている。


(どれにしようかしら……。やっぱり刺繍を映えさせるためには白かしら)


 ソフィアは一番シンプルな白い布地と、ほかに黄色とピンクの布を選んだ。刺繡糸も一通りの色を揃えて、大広間の指定されたエリアに向かうと、そこは既に殆ど満席の状態だった。


「満席だわ。どこが空いているかしら……」


 ソフィアはきょろきょろと辺りを見渡す。席は人数分用意されているはずなのだが、どこも大方が埋まっているように見える。

 と、そのとき、ソフィアは丸テーブルの一つだけがぽっかりと空いているのに気付いた。十人は腰かけられそうなのに、そこのテーブルだけ一人しか座っていない。


「ここ、ご一緒してもよろしいかしら?」


 一人だけで座っているご令嬢に声をかけると、そのご令嬢がパッと顔を上げた。


(うわっ! すっごい美人)


 ソフィアは驚いた。こんな美人がいるなんて、聞いていない。昨日は人が多過ぎて気が付かなかった。

 長い睫毛で縁取られた大きな瞳は金色。緩やかな弧を描く眉は優しい印象で、すっきりとした鼻梁は高過ぎず低過ぎず絶妙な高さだ。白磁のような肌に少し零れ落ちたストロベリーブロンドの髪が彼女の愛らしさを引き立てていた。


「もちろんよ。どうぞ」


 その超絶美女はにこりと微笑むと、ソフィアに前の席を奨める。ソフィアはありがたくその席に腰を下ろした。


「エルマー公爵令嬢のヴィヴィアン=エルマーよ。よろしくね」

「マリオット伯爵令嬢のソフィア=マリオットでございます。よろしくおねがいします」

「──ああ、あなたが」


 ヴィヴィアンはソフィアの名前を聞くと、ソフィアの顔をまじまじと興味深げに見つめ、ふふっと笑った。


(なにが『ああ、あなたが』なのかしら?)


 ソフィアは不安になった。なにか自分の噂でも出回っているのだろうか。

 王都に来たのは十年ぶりなのになぜ?

 もしやあのいけ好かない二人組が悪い噂でも流したのかと身構えたが、ヴィヴィアンの態度から察すると悪い噂ではなさそうに思えた。困惑するソフィアを見つめ、ヴィヴィアンは小首を傾げた。


「あなたは、わたくしを避けないのね。ふふっ、嬉しいわ」

「はい?」


 ソフィアは訝しげに、嬉しそうに笑う超絶美女を見返す。避けるもなにも、今日初めて出会った人だ。もしかして避けなければならない相手だったのだろうか。


(もしかして、『わたくしは公爵令嬢、あなたは伯爵令嬢。身分がだいぶ違うのによく図々しくもここに座れたわね』っていう新手のイビリ?)


 どう答えればいいのかわからずにソフィアが固まっていると、ヴィヴィアンはゆっくりと金の瞳を瞬いた。そんな仕草も滅茶苦茶可愛い。


よろしくね、ソフィア様」

「──よろしくお願いいたします。ヴィヴィアン様」

「ヴィーでいいわよ。そうね、わたくしもソフィア様をフィーって呼ぶわね。ヴィーとフィーで似ていると思わない?」

「はあ……」


 ソフィアは元々名前が短いので、いつも『ソフィア』、ときどき『ソフィー』と呼ばれる。『フィー』なんて呼ばれ方をするのは初めてだ。

 困惑するソフィアをよそに、ヴィヴィアンはにこにこと人懐っこい笑みを浮かべて笑いかける。そして、選んできた布をテーブルの上にばさりと広げた。


(なんでこの人、周りのご令嬢から避けられているのかしら?)


 このテーブルだけ人避けでもされているがごとく、人がいない。そして本人からの『私を避けないのね』発言。周りのご令嬢がヴィヴィアンを避けているのは間違いなさそうだ。


「今日の日暮れまでよね。うーん、急がないと終わらないわ」


 布を弄びながらヴィヴィアンは頬に手を当てる。それを聞き、ソフィアは慌てた。そうだ、考え事に浸っている暇はない。今日の夕方までにこれを仕上げなければならないのだ。


(なんのモチーフにしようかしら?)


 時間制限を考えると、あまり凝った意匠は難しい。短時間でできて、それなりにアーサー王子にアピールできるもの。

 ソフィアは純白の布を眺めながら、ふとアーサー王子との出会いを思い返した。大雨の中、見ず知らずのソフィアを心配して雨よけのコートを手に走ってきてくれた。ソフィア達が二人であることに気づくと、なんの迷いもなく自身の着ていた雨よけコートを脱いでソフィアに譲ってくれた。ソフィアの手に握られた花を見て、『綺麗だね』と優しく笑ってくれた。

 脳裏にあの少し目じりが下がる優しい笑顔が浮かび、胸がキュンとした。


(あのときに摘んだ、お花にしようかしら)


 あのとき摘んでいたリモネの花は、この季節になるとヤーマノテ王国の至る所で咲き乱れ、国民に最も身近で愛されている花のひとつだ。モチーフとしても最適な気がした。

 そんなことを考えていると、ふとテーブルに影が差してソフィアは顔を上げた。


(うわっ! こっちはかっこいい系!)


 そこにいたのはサラサラの茶髪にスッとした切れ長の目が印象的な、長身の美女だった。きりっとした雰囲気は、『かっこいい』という言葉が似合う。女ながらに凛々しさが漂う。


「ここ、よろしいですか?」


 美女はソフィア達が使っているテーブルの空席を指さす。


「もちろんですわ。どうぞ」


 ソフィアは慌てて空いている席を手で指し示した。


「マリオット伯爵家のソフィア=マリオットですわ。よろしくお願いします」

「ミレー=オウェルです。よろしくお願いします」


 美女はニコリと微笑む。ソフィアは『オウェル』という家名を記憶の中で探したが、記憶にない。もちろんソフィアは全ての貴族の家名を覚えているわけではないので知らないこともあり得るのだが、爵位を名乗らなかったところから判断するとこの美女は平民なのかもしれないと思った。


 一方のヴィヴィアンは、チラッとミレーを見やる。二人は目が合うと小さく会釈した。

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