第18話 三次選考

 


 翌日、ソフィアは昨日渡された紙に書かれた集合場所へと向かった。指定された場所は、昨日と同じ王宮の大広間だ。


「なんだか、ずいぶんと人が減っていますね?」

「そうね。昨日より明らかに少ないわ」


 昨日は広い大広間に用意されたたくさんのテーブルと椅子が満席になるほどの、思わず圧倒される人の多さだった。しかし、今日はだいぶ空席が目立つ。人数的には、昨日の三分の一か、四分の一くらいだろうか。思ったよりもずっと少ない。


(ということは、昨日のあの試験でここまで絞られたってこと?)


 ソフィアは大広間の中をぐるりと見渡した。ふと視界の端に映ったのは、昨日見かけたご令嬢だ。今日も茶色い髪に大きな赤い花の髪飾りを付けている。隣には昨日も一緒にいた少し太めのご令嬢もいる。昨日の人を小ばかにしたような表情がよみがえり、なんだかムカッとした。


(あの人達より先に敗退するのはなんとなく面白くないわよね)


 とにかくここに残れてよかったと胸を撫で下ろす。

 嫌がるソフィアに無理やり事前勉強させた母には感謝感激の雨あられ。それに、『嗅覚』でもギフトはギフト。ソフィアは生まれて初めてこのギフトを持っていることに感謝した。ギフトの選考をしたくらいなのだから、きっとギフトなしでは選考に残れなかっただろう。普段は全く役に立たないギフトだけれど、ここぞというときに役に立った。


 暫くすると、昨日と同じように入り口と反対側の豪華な扉が開き、その場にいるご令嬢達が一斉にそちらを向いた。昨日も花嫁選考会を取り仕切っていたキーリス特級政務官と複数の近衛騎士、それにアーサー王子が姿を現した。


 そのとき、ソフィアはふわりと香る爽やかな香りを感じてスンと鼻を鳴らした。


(あ、またこの匂い……)


 一昨日はアーサー王子、昨日は門にいた執事風の男性や帰り際に追いかけてきてくれた近衛騎士から香ってきた、あのもぎたての柑橘のような爽やかな香りが、アーサー王子の方から香ってくる。やっぱりこの香りはとても好きだと思った。


「ねえ。あれ、ロバート殿下だわ」


 そちらを眺めていたご令嬢が囁き合う小さな声で囁くのが聞こえ、ソフィアはアーサー王子の周囲にいる近衛騎士に目を向けた。

 アーサー王子のすぐ近くに昨日の面接の後にソフィアを心配して追いかけてきてくれた青年が立っているのが見えた。薄茶色のふわりとした髪に、優しげな見た目の青年だ。他の近衛騎士よりもだいぶアーサー王子に近い位置に立っており、親しげに会話している。そして、その横には同じく薄茶色のサラサラの髪をした青年が見える。


(ロバート殿下って、確か薄茶色の髪に青い瞳の爽やかな青年よね……)


 そういえば、近衛騎士をしていると事前に見た書類にも書いてあった。今、壇上にはその特徴に合致する青年が二人いる。一人は昨日ソフィアを追いかけてくれた近衛騎士、もう一人はアーサー王子を挟んで反対側に立つ近衛騎士だ。


(王子殿下がわざわざわたくしを心配して追いかけて来てくれるわけがないから、あの人がロバート王子ね)


 ソフィアはアーサー王子の隣に立つ近衛騎士に目を向けた。少し長めの薄茶色のストレートヘアーを無造作に後ろに流している。瞳の色は距離があり過ぎてここからでは確認できないが、なるほど、なかなかの美丈夫だ。

 そんなことを思いながら壇上を見上げていると、昨日の近衛騎士が広間をぐるりと見渡した。そして、なにかを探すように視線をゆっくりと動かす。


(なにか探しているのかしら)


 ソフィアがその近衛騎士を見つめていると、次の瞬間にしっかりと目が合った。こちらを見つめる近衛騎士の口の端を上がる。


(今、笑った?)


 今、こちらを見る彼が微笑んだように見えた。気のせいだろうか。急激に頬が熱くなるのを感じる。


「ねえ。今ロバート殿下がこっちを見て微笑んだわ。どうしましょう。わたくしを見たのかも!」 


 そんな声がすぐ近くから聞こえてくる。


(ロバート王子もこっちを見ていたのね。気が付かなかったわ)


 ソフィアはなんだか気恥ずかしさを感じて扇を出して少し熱くなった頬を仰ぐと、視線を移動させる。既に、ロバート王子と思しき人物は別の方向を見つめていた。


「今回アーサー殿下がだめなら、ロバート殿下にはお近づきになれないかしら? まだ婚約者はいらっしゃらないでしょ」

「お二人はいつも一緒にいらっしゃるものね。ロバート殿下とお近づきになるチャンスも多いのではなくて?」

「でも、ロバート殿下は第四王子だし、ギフトもパッとしないでしょ? 王子殿下の中では見劣りするわよね」

「それでも王子は王子よ」


 本人達や周囲を警備する近衛騎士達に聞こえないのをいいことに、近くいるご令嬢が言いたい放題に囁きだした。こちらの声が彼らに聞こえるわけがないのだが、その言い草に不快感を覚えたソフィアは振り返った。艶やかな黒髪のご令嬢が金髪のご令嬢と囁き合っている。


「もし、あなた──」


 ちょうどソフィアが注意しようと口を開きかけたとき、壇上で動きがあった。キーリス特級政務官が高い位置の中央に出てきて、大広間を見渡したのだ。ソフィアは口を噤んで慌てて前を向く。


「静粛に。──みなさん、二次選考通過おめでとうございます。本日行う三次選考では、裁縫の技術を見させていただきます」


 キーリスが大きな声で宣言すると、今日も会場内はざわっとどよめいた。

 たしかに裁縫──正確に言うと刺繍は貴族令嬢にとって欠かせない教養だ。しかし、王太子妃選びの早い時点で刺繍の技術を見るとは想定外だった。


「公平を期すため、布や糸などの材料は全てこちらで用意し、各自に同じものを配布します。また、誰かに代理で作成してもらうことを防ぐため、作業は全てこの部屋で行っていただきます」


 キーリスが淡々と説明する様子に、ソフィアはじっと耳を傾けた。これから渡される決められた材料を使用し、この部屋の決められたエリアで各自が自由なモチーフを作成するということらしい。侍女を連れている場合は手伝いを禁止するために、彼女達は昨日の筆記試験と同様に別部屋待機だという。期限は本日の日が落ちるまで。それまでに完成させなければ審査は未完成の状態のまま行われるというので、あまり凝り過ぎると終わらせられずに減点となってしまう。


(刺繍か。なんとかなりそうね)


 ソフィアはホッと胸を撫で下ろした。貧乏暮らしをしてきたので、安く購入したシンプルなドレスを見栄えよくしたいときには自分で刺繍を追加していた。それに、これは秘密だけれど、少しくらい破れても丁寧に繕って目立たないように仕上げて着ていた。なので、裁縫は得意なのだ。

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