第24話 三次選考⑦
集中すると、ときの流れは早く感じるものだ。ソフィアもその例外ではない。
「それでは、終了してください」
政務官の掛け声で、その場のご令嬢が一斉に布をテーブルに置く。ソフィアも手に持っていた布を、目の前に置いた。
真っ白な布には、赤い布で作った立体的な花が二つほど縫い付けられ、その周りに小振りのリモネの花を三つだけ刺繍にした。縫う部分をかなり減らすことで時間不足を解決させたのだ。
切った布を使った立体的な花はドレスや小物を豪華に見せるときの方法として母親に教えて貰った。見た目は華やかだが、花びらの形に整えた布を束にして縫いまとめるだけの簡単なものだ。こんなところで貧乏生活が役に立った。
次々とご令嬢達の力作を回収してゆく政務官が、ソフィアの作品を見たときに僅かに目をみはった。刺繍の力作揃いの中で、ソフィアの作品は異彩を放っているのだろう。それでもダメとは言わなかったことに、ソフィアは内心ホッとした。
全員の作品を回収し終えたことを確認したキーリスが、こちらを見渡した。
「本日回収した全ての作品はアーサー殿下も含めて審査します。結果は明日、書簡にてご連絡します。本日はお疲れ様でした」
終了の合図と共に、一斉にご令嬢達が席を立ち上がり、出口へと向かう。
ソフィアは今日一日一緒に過ごしたヴィヴィアンとミレーに挨拶をすると、その人波に乗って出口へと向かった。侍女達は既に会場の外で待機しているようだ。
(あ、いたわ)
会場を出てメルの顔を見つけたソフィアは、緊張の糸が解れるのを感じた。
「メル!」
「ソフィア様! お疲れ様でございます」
メルはソフィアを見つけると、いそいそと近付いてきた。やはり、メルといるとホッとするとソフィアは思った。
「わたくしを待っている間は何をしていたの?」
「他の方の侍女とお喋りしたりしていましたわ。ソフィア様は今日の選考会はいかがでした? と言っても、ソフィア様は刺繍が得意ですから心配しておりませんけど」
屈託なく笑うメルを見て、ソフィアは暗鬱たる気持ちになった。ソフィアは刺繍が得意だ。それなのに、あんなことがあったせいで……。
「わたくし、いろんな方の侍女の方とお話しして情報を仕入れてきましたのよ。帰りにお話しいたしますね」
「わたくしも、本当に色々なことがあったの。聞いてくれる?」
「もちろんでございます」
二人は肩を並べて出口へと歩き始める。
王宮の門の脇にある馬車乗り場では、三次選考を終えたご令嬢の帰りを待つ豪華な馬車が列をなしていた。王太子の未来の花嫁選びということで、馬車にまで皆が気合いを入れている。中には、財力を
ソフィアはその横をてくてくと通り過ぎた。
時刻は夕方。日はすっかりと傾き、黄土色の王宮をオレンジ色に染め上げていた。
リンギット子爵家のタウンハウスには馬車が二台しかない。一台はリンギット子爵が仕事に行くのに使うから、自由になるのは残り一台だけだ。選考会は何時までかかるのかわからなかったし、ここで待ってもらうと今日一日リンギット子爵家の人達が馬車を使えなくなってしまうので、ソフィアは叔母のコーリアに今日も辻馬車を拾うから先に屋敷に戻ってほしいと伝えていた。コーリアもこんな夕暮れの時間になるとは想像していなかっただろう。王宮の門を出て街道を見渡したソフィアは顔を曇らせた。
「辻馬車がいないわ」
昨日は何台か停まっていた辻馬車が、今日は一台も停まっていない。時間が昨日よりだいぶ遅いせいだろう。
「暗くなってきているし、急いで町に出て辻馬車を拾いましょう」
「そうですわね」
ソフィアはメルと肩を並べると、城下へと歩きだす。王宮の門を出た後も暫くは王家の持つ敷地が広がるため、城下に出るには十分程度歩く必要があるのだ。
街道から見渡せる夕焼けに照らされた町は、一枚の絵画のように美しかった。
「ソフィア嬢!」
そのとき、後ろから声をかけられてソフィアは振り返った。多くの馬車が止められた馬車置き場から、昨日の近衛騎士がこちらに向かって走ってきているところだった。またあの香りがふわりとソフィアの鼻孔をくすぐった。やっぱりこの香水の匂いは好きだ。
「馬車はどうした? もうすぐ暗くなるのに、歩くなんて危ないだろう」
「馬車はもうお屋敷に戻っているわ。城下に出て辻馬車を拾います。ご心配ありがとう」
ソフィアがにこりと微笑むと、近衛騎士は眉をひそめた。
「辻馬車?」
「ええ、辻馬車よ」
後方に馬車乗り場から、さっさと馬車を出す誘導をしろと御者が不満の声が上げているのが聞こえた。目の前のこの彼も、誘導の指示でここにいたのだろう。近衛騎士は一瞬後ろを振り返ったが、すぐに心配そうにソフィア達を見つめる。
「日が暮れるとならず者が出る」
「ですから、日が暮れる前に辻馬車を拾いますわ。人手が足りないようですから、もうお行きになって」
「だが……」
昨日だけでなく今日も心配して追いかけてきてくれるとは、とても優しい人だと思った。けれど、迷惑をかけるわけにもいかない。近衛騎士はなおも心配そうにしているが、ソフィアは「では、ごきげんよう」と言って構わずに歩き出した。
夕暮れ時、陽が沈むのは思いのほか早い。
ソフィア達は肩を並べて足早に町へと向かった。王宮は小高い丘の上にあり、この時間、馬車は通っても歩いている人などほとんどいなかった。
(まずいわ。急がないと……)
ソフィアは薄暗くなった空を見上げ、足を速めた。
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