第2話 恋の嵐は突然に②

「わたくし達のせいで、無関係のあなたまで濡れてしまったわ。ごめんなさい」

「僕は大丈夫だよ。レディーをびしょ濡れにするわけにはいかないだろう? それに、思ったよりも早くきみに会えた」

「え?」

「運命を感じたギフトの力は確かだってことだよ。さあ、雨が吹き込むから窓は閉めて。風邪をひかないようにね」


 大雨の中、外に立つ男は、水色の目を柔らかく細める。おどけたような軽口を叩いているのに、不思議と不快感はない。きっと、ソフィアが気を使わないようにわざとそうしてくれているのだと思った。また胸に、不思議な感覚が広がる。

 男はそれだけ言うと自分の馬車へと駆けて行き、すぐに馬車が動き出す。


 ──ゴロゴロゴロ、ドーン!


 雨は激しさを増し、十メートル先も見えないほどだ。馬車の屋根を大粒の雨が打ちつける音が響き渡った。追い越しざまに馬車に乗り込んだ男と目が合う。男の口が「ま・た・ね」と動いた気がした。ソフィアはその馬車が走り去って行く後ろ姿をぼんやりと見つめる。


「──メル。わたくし、胸がおかしいの」

「ええ! ソフィア様、大丈夫ですか?」


 ソフィアは右手で自分の胸を押さえた。先ほどから早鐘のように鳴っている。正面に座ったメルが大慌てでソフィアの体をペタペタと触り始めた。


「確かに少し体温が高いわ。それに、脈も速いですわ。大変だわ! ソフィア様ったら、少し濡れてしまったせいで風邪をひいたのかも!」


 メルは悲鳴を上げてソフィアの体をタオルでごしごしと拭いた。ソフィアはされるがままになりながら、先ほどの男性に思いを馳せた。

 すらっとした体形、整った容姿、力強い手、こちらを気遣うような優しい眼差し……。そして、あの魅惑的な香り。


 間違いない。これは本で読んだことがある。

 運命の相手に出会うと、胸を締め付けられるような苦しさを感じるという。


(あっ! 名前、聞いていないわ……)


 ソフィアは肝心なことに気付き、顔を青ざめさせる。そのとき、自分が着ている、彼が脱いで着せてくれた雨よけの上着のボタンがふと目を止まった。


「これ……」


 ソフィアは目をみはった。

 そこには、火を吐くドラゴンが刻印されていた。ドラゴンはこの国では王族の印だ。


 金の長い髪に青い瞳、年の頃は二十歳前後の王族。それに当てはまる人は、ソフィアが知る限りではたった一人しかいない。王太子であるアーサー王子だ。


「メル。わたくし、頑張るわ」

「はい?」

「だから、明日からのアーサー王子の花嫁選びよ。絶対に選ばれるように頑張るわ」

「え? え? ええーー! 今朝まであんなに嫌がっていたのに?」


 メルの驚きの悲鳴が馬車の中に響き渡った。

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