第22話 三次選考⑤
ソフィアもミレーに倣って無視を決め込んで食事を続けた。だが、それが気に食わなかったようで、部屋を出ようとしていた二人のうち、少しぽっちゃりとしている黒髪のご令嬢の方がわざわざこちらまで歩み寄ってきた。
「ねえ、もっと肩身の狭そうな顔をしたらどうなの?」
「肩身は狭くありませんから。わたくしの実家が貧しいのは事実ですが、それは領民のために尽力した結果です。なにも恥じることなどありませんわ」
ソフィアはムッとして口を尖らせた。
「あなた、先ほどアーサー殿下に声をかけられていい気になっているけど、殿下はお優しいから真の王太子妃候補から数合わせの方までまんべんなくお声がけしてくださるのよ。勘違いしないことね」
ソフィアは内心ではあっとため息をついた。要するに、先ほどソフィアにアーサー王子が声をかけて会話したのが気に食わないのだ。そして、陰口を言って辱め、ソフィアが悲観に暮れる顔を見たかったのにそうならないのが面白くないということのようだ。
(あなた、子供ですか?)
っていうか、既に七割近くが落選しているのになんでこの人が残っているのか不思議でならない。
「勘違いなどしておりません。でも、逆に考えると真の王太子妃候補から数合わせまでお声がけいただいているのに声がかからなかった方は、よっぽどですわね」
「!」
「それに、わたくしの口は美味しい料理を食べるときには大きく開きますのよ。誰かさんは違うみたいですけど。陰口ばかり叩いているからお口がそれ用になってしまわれたのね。人を貶めるような発言をしないとちっぽけな矜持を保てないなんて、お気の毒なこと」
「なんですって!」
少しぽっちゃりとしたこのご令嬢が顔を憤怒に染めたとき、背後から「どうされたの?」と声をかけられた。グラスを手にしたヴィヴィアンが訝しげな表情でこちらを見つめている。ご令嬢はハッとした表情で、すぐに扇で口元を隠した。
「なんでもございませんわ。他愛のない話です」
「今、あなたは彼女達に失礼な発言をしていませんでしたか?」
「あら、いやだ。そんなことはございませんわ。それでは、ごきげんよう」
慌てたようにご令嬢は愛想笑いを浮かべ、ペコリと頭を下げる。そして、遠巻きにこちらを眺めていたもう一人の赤い髪飾りをつけたご令嬢のもとに逃げるように戻ると、二人はくるりと背を向けた。ヴィヴィアンは公爵令嬢であり、実家が没落しているわけでもない。ここで下手に反感を買うとまずいと判断したのだろう。
(ほんっと、嫌な人達!)
ソフィアは二人の後ろ姿を見つめながら、心の中であっかんべーをした。
(それにしても……、ヴィヴィアン様はわたくし達の会話が聞こえていたのかしら?)
あの嫌な女がソフィア達を小ばかにする発言をしていたのは、ソフィアが言い返す前だ。恐らく、あの二人組の赤い髪飾りのご令嬢ですら聞こえていなかったはずなのに、ヴィヴィアンはその会話を知っているかのような仕草を見せた。先ほども『呼ばれた』と言っていたし、耳がとてもよいことに間違いはなさそうだ。
(……聞こえていたわけではなくて、女の勘ってやつ? それとも、『聴覚』のギフトとか?)
ソフィアはちらりとヴィヴィアンを窺い見る。飲み物を口にするヴィヴィアンは、何事もなかったかのようにすまし顔をしていた。
「ヴィー様は──」
「なに?」
ヴィヴィアンはこちらを向くと、にこりと微笑む。
「先ほどの会話が聞こえたのですか?」
「先ほどの会話? ええ、聞こえたわ。だって、わたくし『聴覚』のギフト持ちですもの」
「やっぱり! だから、さっきも『呼ばれている』って。わたくしには全く聞こえなかったですわ」
ソフィアがそう言うと、ヴィヴィアンは照れたように笑った。
食事を終えたソフィア達が大広間に戻ると、テーブルの上には先ほどと同じように作成途中の作品が無造作に置かれているのが見えた。
(さてと……、続きを頑張らなくっちゃ)
ソフィアは自分のテーブルに近づき、ふと違和感を覚えた。恐る恐る座席の前に置いた布を手に取った瞬間、ソフィアは顔を強張らせた。
「えっ?」
小さな白い布がハラハラと床に落ちる。まるで花びらが散るかのように、床の絨毯に白の模様を作り上げた。
「なんで……?」
ソフィアは無残な姿になった作りかけの作品を見つめたまま、呆然とした。さっきまで──お昼ご飯の前までは確かには一枚の布だったのに、今は小さな布切れになっている。
ハッとして顔を上げると、目の前のヴィヴィアンも顔を強張らせて自分の作品を見つめていた。その手元には、文鳥が途中まで描かれた薄黄色の布がバラバラになって積まれている。よく見れば、ミレーのものもおかしかった。
「ヴィー様とミレーのものまで……、だれがこんなことっ!」
ソフィアはバラバラになったその布の切れ端を握りしめてバッと後ろを振り返った。ご令嬢達が次々と自分の席へと戻ってきていたが、誰もソフィア達のこの状況には気が付いていないようだ。ざっと見渡しても、こちらのことは気にしているご令嬢はいなさそうに見えた。
ソフィアは手に持っていた布を、そっと顔に寄せた。くんくんと匂いをかぐと、甘ったるい女性用の香水の香りがした。ソフィアは香水を使用していないし、さっきまでこんな匂いはしなかった。ということは、犯人がこの香水を使用しているということだ。なにせ、ソフィアの鼻は犬並みにいいのだ。
そのとき、「お二人ともどうしましたか?」と声をかけられて、ソフィアはハッとした。顔を上げれば少し遅れて戻って来たミレーが怪訝な顔をしてこちらを見ている。ミレーは言葉に詰まるソフィアを訝しむように見つめ、視線を下にずらして目を見開いた。
「ソフィア様! それ……」
「ミレーのもなの」
「わたくしのものはいいです。なんてこと! とにかく、人を呼んできます」
ミレーが小走りで大広間の出口へと向かう。その慌てた様子に、ようやく周りのご令嬢も異変に気が付き始めたようだ。わらわらと集まって遠目に眺めては、驚いたように口元を押さえている。
「まあ、見て!」
「どうしたのかしら?」
「ヴィヴィアン様のものまであんなに」
口々にひそひそと囁き合うご令嬢を、ソフィアはぐるりと見渡した。この中に絶対に犯人がいるはずなのだ。
そのとき、先ほど口論になりかけた例の二人組と目が合った。驚いたようにこちらを見つめていた赤い髪飾りを付けたご令嬢と目が合う。
「お気の毒に。こんなことになっては、もうこの選考会は辞退されては?」
彼女は眉を寄せると、悩ましげにそう言った。ソフィアはぐっと唇を噛んだ。
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