第27話 最終選考の始まり

 第三次選考の結果は選考試験の翌日に書簡で届いた。それも、配送遅れを防止するために下級の政務官がわざわざ屋敷まで届けに来て、本人に直接手渡すという念の入れようだ。


「失礼ですがお名前を」

「ソフィア=マリオットでございます」


 使者の下級政務官から確認の意味を込めて名前を聞かれ、ソフィアは名乗る。上質な封筒を手渡されたとき、緊張のあまり手が震えそうになった。


「選考結果、および今後のことは中をご覧ください」


 下級政務官は選考を通ったとも通らないとも言わず、定型の言葉を述べると頭を下げてすぐに屋敷を後にした。きっと、ソフィア以外にもたくさんのご令嬢の元を訪問する必要があるのだろう。


 玄関でそれを見送ったソフィアは、手元に視線を移した。白い封筒は上質の厚紙を使用しており、赤い封蝋には王家の紋章が刻印されていた。部屋に戻るとソフィアはわくわくするような、でも怖いような、上手く言い表せない気分でペーパーナイフに手を伸ばす。ピリッと小気味よい音と共に封が切られた。


「どれどれ……」


 ソフィアはドキドキしながら中の書簡を取りだし、中身を確認する。そこには、『第三次選考 合格』の文字があった。ソフィアは目をぱちぱちと瞬かせてからもう一度確認したが、やはり『合格』とある。


「やった、やった、やったわー!」


 思わず書簡を胸に抱きくるくるとその場で回る。その日、ソフィアの歓喜の声がリンギット子爵邸に響き渡った。


    ◇ ◇ ◇


 最終選考はだいぶ今までと勝手が違っていた。

 その最大の違いは、これまでは通いだったのに対し、王宮に二週間の泊まり込みという点だ。それが書簡に書かれているのを見たとき、ソフィアはかなり人数が絞り込まれてきているのだと察した。


「では、行ってまいります」


 翌朝、リンギット子爵邸の玄関でソフィアはリンギット子爵とコーリア、それにアンナに暫しの別れの挨拶をする。


「頑張ってね、ソフィアお姉ちゃん!」

「ええ、頑張るわ」


 ソフィアは笑顔で握りこぶしを作って見せる。そして、持ってきた荷物とアーサー王子に借りた雨よけ二着を手にリンギット子爵邸を後にした。

 王宮の入り口に着くと、ソフィアは昨日受け取った第三次選考の合格通知を差し出す。門に立つ政務官は昨日に引き続き、初日の人とは違う人だった。


 今回の集合場所は大広間ではなく、客間だった。侍女達には事前に生活に関することを説明するために別室に集合するように言われたので、集合場所に行くのはソフィア一人だけだ。

 政務官に案内されて控え室に向かうと、集合の十分前には到着したにも関わらずソフィアはかなり出遅れたようだった。部屋の中には既にご令嬢が集合しており、ざっと見る限り二十人弱くらいいそうに見える。


 その中に知った顔を見つけ、ソフィアはパッと顔を輝かせた。


「ヴィー様、ミレー様!」


 部屋の左奥にヴィヴィアンのストロベリーブロンドの髪が見えて、ソフィアは声をかける。隣にはミレーの姿も見えた。ヴィヴィアンはその呼びかけに反応して振り返り、目が合うと表情を綻ばせた。


「まあ、フィー! あなたも通ったのね。よかったわ」


 ヴィヴィアンは椅子から立ち上がり、ソフィアに笑いかける。満面に笑みを浮かべる姿からは、とてもメルが言っていたような悪巧みをしているようには見えない。


(やっぱり、メルの考えすぎだわ)


 ヴィヴィアンはやっぱりいい人に違いない。

 そう思ったソフィアは笑顔でヴィヴィアンの元に歩み寄る。その途中、どんなご令嬢達が残っているのだろうかと周囲を見回した。


(あ、あの人……)


 最初に目に留まったのは、昨日、切り刻まれた布から仄かにその匂いがした黒髪のご令嬢だ。ソフィアと目が合うと、あからさまに嫌なものでも見るように眉根を寄せる。そして、ふいっと目を逸られてしまった。


(……なんだか、嫌な感じ)


 そう思ったそのとき、視界の片隅に赤い物が映った気がして視線を移動させた。


「げっ!」


 無意識に変な声が出る。ソフィアは慌てて自分の口を両手で押さえた。目の前のご令嬢はソフィアの声に気づき、顔を上げると驚いた顔をした。


「あら、あなた」

「なんでまだいるの!」


 思わずソフィアの口から漏れてしまったこの台詞に、赤い髪飾りがトレードマークの伯爵令嬢──キアラはムッとしたように口をへの字にする。  


「それはこっちの台詞だわ。てっきり落ちたと思った方がまだいらっしゃるなんて。雑草並みのしぶとさだわ」


 扇を手にホホッと、キアラが笑う。隣にいつもいるサンワート子爵令嬢のミルシーがいないところを見ると、あっちは三次で落ちたのだろう。


(相変わらず頭にくる!)


 ソフィアは目を据わらせた。咄嗟とっさに言い返そうとしたところでタイミングよくドアが開き、キーリス特級政務官達が入室してきた。ここで下手なことを言うとこちらの心証が悪くなる可能性があるので、ソフィアは仕方なくすごすごとヴィヴィアンの隣にいくと着席した。


「フィーとミレーが二人とも通過していてよかったわ。あんなことがあったのだもの。落ちたら悔し過ぎるもの」


 ヴィヴィアンが眉を寄せて小声で話しかけてきた。


「ええ、そうね。誰が犯人か知らないけれど、その人より先に帰されるわけにはいかないわ」

「選考する政務官の方々とアーサー殿下に見る目があってよかったわ」


 ヴィヴィアンは楽しそうにクスクスと笑う。それを聞いて、ソフィアは遠い目をした。


(わたくしの作品を通過させてくれたのは嬉しいけれど、キアラ様やあの黒髪のご令嬢が未だに残っているなんて、選考する人は実は見る目がないのではなくて?) 


 本気でそんな心配が湧いてくる。


 前に立つキーリス特級政務官はそんなソフィアの心配などつゆ知らぬ様子でゴホンと咳ばらいをして、説明を始めた。


「本日はお越しいただきありがとうございます。初日には二百名を超えていたアーサー王子の花嫁候補も、現時点で二十名まで絞り込まれています」


 キーリス特級政務官はゆったりと部屋の中を見渡す。部屋の中にはピンと糸を張ったような緊張感が漂い、シーンと静まり返った。既に十分の一まで絞り込まれているが、ここから選ばれる王太子妃は一名だけだ。場合によってはアーサー王子に気に入られて側妻として王室入りする者もいるかもしれないが。

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