暁に咲く(五)

文昌ぶんしょうが探してたよ」


 子怜しりょうが告げると、浅黒い顔が笑みの形にゆがんだ。


「わたしは会いたくないんだけどなあ」


 その気持ちはよくわかった。


「怒ってた」

「だろうね」

「すごく」


 ――見くびられたものですね。


 そう文昌がつぶやいていたのは、伯英はくえいが城をつ直前の、ごく短い打ち合わせの場でのことだ。


 伯英どのさえいなければ、この城は簡単にちると思われているわけですか、と。


 めずらしく笑みなどたたえていた文昌を、伯英はうすら寒そうな顔で眺め、こいつにはなるべく近寄らないほうがいいぞ、と子怜に耳打ちしてきた。その忠告にしたがって望楼に避難していたのに、むこうからやって来られたときは内心首をすくめたものである。


「はじめから、全部お見通しだった?」


 朱圭しゅけいに問われて、子怜は首を横にふった。


「はっきりしたのは昨日」


 それまでは、ただ変だなと思っていただけだ。はじめてこの男に会った日の晩、伯英から話を聞いたときから。


 あのひと変だね、との子怜の感想に、そいつは同感だが、と前置きした上で伯英は尋ねてきた。なんでそう思う、と。べつにたいした理由はなかった。


 ――討伐をお任せします。


 官衙の堂で、この男はその呼称を用いたという。


 変だと思った。都督の使者が、賊軍の首領を王と呼んだということが。そんな呼び方をするなと、昼間迅風じんぷうに叱られたばかりだったのに。


 子怜がそう説明すると、伯英はかるく目を見張り、難しい顔をして考えこんだあとで、このことは誰にも言うなよ、とささやいた。


 以後、伯英はこの男をひそかに監視していたらしい。だが、とりたてて不審な点は見つからなかったという。


 ささやかな疑念は、昨日の軍議の席で確信に変わった。陳王嚇玄かくげんの軍が河から攻めてくるのではという予測を、朱圭は最後まで示さなかった。だから、ああそうかと納得した。


 やはりこの男、あちら側の人間かと。


「ぼくが考えつくことに、あなたが気づかないわけないもの」

「ほめられている気がしないね。それで? むこうの船をお相手する策を考えたのも、きみかい」

「それは伯英」


 敵船を阻むため江夏城の船を燃やすという戦法に、子怜はむしろ反対だった。


 江夏こちらの船を焼いたら常陽じょうようへ渡る手段がなくなるではないか。そう訴えたが、伯英はとりあってくれなかった。あんまり欲をかくもんじゃない、と笑うばかりで。


 欲張りなのはどっちだと、子怜は思う。尭谷ぎょうこくへ向かうと見せかけて、途中で軍を返した伯英は、夜明けとともにこの城へもどってきた。その目的はただひとつ。


「嚇玄の首は、ここでとるって」

「とれないよ」


 さらりと朱圭は否定した。とれはしまい、でも、とらせてなるものか、でもない。ただ当たり前の事実を述べるように。


「あの男は、もう死んでるから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る