君に捧ぐは花燈籠(二)

「本題に入ろう。おれたちの処分はどうなった」


 伯英はくえいが問うと、永忠えいちゅうは茶椀を持ち上げながらゆるく首をふった。


「そう急くな。今のところ、おぬしらをどうこうするという話は出ておらん」

「では、罪には問わぬということですか」


 それまで黙って側にひかえていた文昌ぶんしょうが尋ねた。めずらしく感情が昂ぶっているらしく、白皙の面にうっすらと血の気が透けている。


「じゃから急くなと申しておる」


 永忠は落ち着き払った様子で茶をすすった。


「今のところ、と言ったじゃろう。まだ処分が決まっておらんのよ。県令どのも悩んでおられる……いや、おぬしらの前で言葉を飾っても仕方ないか。県令どのはな、どうすればよいかわからず右往左往しておられる」

「相変わらず腰の据わらん御仁だな」

「同感じゃが、いささかお気の毒でもあるな。初の赴任先でおぬしらのような放蕩者集団を押しつけられては、気の休まる暇もなかろうて」


 肩をすくめてみせた後で、永忠はふと真顔にもどった。


「長徳から書が届いておる。夜分に城門を破り、豪商の屋敷を襲ってその主人を害した賊を引き渡せと」

「賊とは誰のことです」


 激した声が文昌の唇からもれた。


「賊と呼ばれるべきはあの男でしょう。われらは天下の大罪人を討ったのです。非難される謂われはありません」

「その道理が通らぬと知っていればこそ、おぬしらはわしにも内密に事を起こしたのではないか」


 黙りこんだ文昌の横で、伯英は鷹揚に腕を組んだ。


「それで? おれたちを引き渡すか?」

「できるはずがなかろう。おぬしらを罪人扱いすれば、このろうの民が黙っておらんよ。そこでじゃ、困り果てた県令どのは、こたびの件の調停を、幾南きなん郡のちょう都督ととくに願い出た」

「そりゃまた大物をひっぱりこんだものだな」


 伯英は平然と感想を述べたが、文昌はその表情をいちだんと険しくした。瑯や長徳ほか十県が属する幾南郡、その兵権を一手に握る趙都督は、伯英の上官にあたる。もちろん直属の、ではなく、あいだに幾人もはさんでのことであったが。


「趙都督は近々瑯に使者を派遣して王都衛、おぬしを審問するおつもりらしい」

「そんな面倒なことをする必要はないさ。要はおれが兵権を返上すればいいんだろ。もともとこんな稼業を始めたのも、あいつの首をとるためだ。目的も果たしたことだし、おれはいつ辞めたっていい」

「王都衛」


 永忠は居住まいを正し、伯英に向かって深く頭をさげた。


「それは、それだけは、やめてくだされ」

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