君に捧ぐは花燈籠(三)

「王都衛」


 永忠えいちゅうは両眼に強い光をたたえて伯英はくえいを見すえた。


「おぬしはろう一県で終わる男ではない。いずれはこの幾南きなんを、いや、ゆくゆくはりょう全土を股にかける将となろう」

「おだてても何も出ないぜ」


 伯英は笑いに紛らわせようとしたが、永忠の表情は真剣だった。


くらい世じゃ、王都衛。北の曹州では飢饉により十万の流民が生まれているとか。常陽では賊が郡城を占拠し、その頭目が王を称した。常陽だけではない。東湖、甘山、平郷……群盗は地に溢れ、しかして民を守るべき官軍はあまりに無力」


 だが、と永忠は語を継いだ。


「まだ、おぬしらがいるのだ」


 永忠は伯英と文昌の顔を順番に見た。


「わしは、おぬしらに何も頼める立場ではない。おぬしらの身内が殺されたとき、わしは何もできなかった」

「ちょっと待った」


 伯英は片手をあげて永忠の話をさえぎった。


「そのことを蒸し返すつもりなら、今すぐ帰ってくれ。あんたに責任がないことはおれも文昌もよく知っている」


 八年前、まだ県丞ではなかった永忠だが、他の役人たちとともに賊に手足を縛られ堀に投げ込まれた。仲間の多くが溺れ死ぬなか、永忠が助かったのは僥倖と呼ぶしかない。


「いいや。梁の禄をむ者でありながら、その民がむざむざと殺されるのを見ているしかなかった。その罪はわしが負うべきものだ」


 永忠は頑固に首を横にふった。


「だが、あえて頼む。どうか短気はおこさんでくれ。おぬしのような将が、王家軍が民には必要なのだ。梁を救ってくれとは言わん。だが、賊に追われる民を守ってやってくれんか。おぬしらの働きで命を拾う者がひとりでも増えれば、それでいい」


 永忠はその額を卓にこすりつけんばかりに頭を下げた。


「県令どのはわしが抑える。趙都督のことも、なんとか穏便にすむよう策を練る。だから、どうか軽はずみなことはせんでほしい」


 伯英はしばらく無言だったが、ややあって盛大なため息をついた。


「顔をあげてくれ、永忠どの。王家軍の旗揚げのときから散々世話になっているあんたに、そんな格好をされちゃたまらない」


 それに、と伯英は頭をそらした。


「小遣いももらっちまったしなあ」


 春の明るい陽射しが天井に施された彫刻文様に影をつくっている。今夜はよく晴れるだろう。あの養い子に祭りの花燈籠はなとうろうでも買ってやったら、笑顔のひとつも見られるだろうか。


「とりあえず、あんたに任せる。そんで、おれたちはしばらくのんびりさせてもらうぜ。それでいいか?」

「ありがたい」


 顔をあげた永忠は、ほっとしたように笑みをもらした。

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