君に捧ぐは花燈籠(四)

永忠えいちゅうどのにはああ言ったが」


 雑踏の中をのんびり歩きながら、伯英はくえい文昌ぶんしょうに話しかける。


「ただ待ってるだけってのも芸がないな」


 そうですね、と落ち着いた声が返ってきた。


 祭りの宵だ。路沿いにはぎっしりと屋台が並び、人ごみの中を子どもたちが歓声をあげて走り抜けていく。道ゆく人々の大半が手に提げているのは、春の花が描かれた紙燈籠だ。


「おまえのことだ。もう手は考えてあるんだろう」

「考えて、なくはありませんが……」


 文昌がかるく首をかしげたところで、きゃあ、という嬌声に取り囲まれた。


「あらあ、おうの旦那。じょの若様も」


 顔見知りの妓女たちだった。どこぞの屋敷に招かれて出向く途中なのだろう。きらびやかな衣装に身をつつみ、念入りに化粧をほどこした顔は興奮で輝いていた。


「おう、久しいな。元気にしてたか」

「あら憎らしい」


 姐さん格の妓女がわざとらしくまなじりを吊り上げる。


「元気にしてたか、じゃありませんわよ。最近はちっとも顔を見せてくださらないで」

「悪いな。忙しかったんだ」

「ええ、聞いておりますよ。またご活躍だったんですってねえ」


 妓女は伯英の腕にしなだれかかり、小声でささやいた。


「いろいろ面倒なことになっているとうかがいましたけど、あたくしたちは旦那のお味方ですからね」


 早口でそれだけ言うと、妓女は身体を離してにっこりと笑った。


「ねえ旦那、あたくしたち、李家にお呼ばれしているんです。よろしければ旦那もぜひ」

「おれは呼ばれてないぜ」

「何をおっしゃいますことやら。旦那でしたら、どこのお屋敷でも大歓迎ですわよ」

「せっかくだが、今夜はだめだ。連れがいる」

「あら、もちろん徐の若様もご一緒に」

「いや、あそこに」


 伯英があごをしゃくった先、花燈籠を並べた屋台の前で、中背の若者が子どもを相手に、なにやら講釈を垂れている。子どもの方は顔の上半分を屋台で買った面で覆っていた。


「ああ、迅風じんぷうさん」


 それまで浮きたっていた妓女の声がわずかに調子を落とした。伯英と文昌は歓待間違いなしでも、あの粗忽者はどうかしらと、その横顔が語っていた。


「と、あの子どももだ。さすがに子連れで邪魔するわけにもいかんだろう」

「あらまあ」


 妓女は頰に手をあててため息をもらした。


「ずいぶん綺麗な子ですわねえ」

「よくわかるな」

「この稼業を長くやっていれば、そのくらいは。どこの子です?」

「まあ、いろいろあってな」


 曖昧な返答に、妓女はかすかにうなずいた。


「仕方ありませんわね。そういうことでしたら、今夜は勘弁してさしあげますわ」


 ええー、と周囲の妹分たちが名残惜しそうな声をあげたが、姐さん格のひとにらみでぴたりと押し黙る。


「そのかわり、近いうちにみせに顔を出してくださいましね。徐の若様も、きっとですよ」

「ああ、約束する」


 手をあげて妓女を見送る伯英を、文昌は何ともいえない眼つきで眺めやった。

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