君に捧ぐは花燈籠(五)
「……
「なんだよ、あらたまって」
文昌に呼びかけられて、伯英はやや身構えた。義弟がこういう呼び方をするときは、だいたい耳の痛い話になるのだ。
「遊ぶなとは言いませんが、そろそろ真剣にお考えになったらいかがです」
「何をだ」
「おわかりでしょう。姉が亡くなって八年です。喪も、とうに明けました。義兄上が後添えを迎えたところで、非難する者などおりませんよ」
「おまえ、おれが後ろ指をさされるのが嫌で独り身を通していたとでも?」
「まさか」
文昌はため息をついた。
「わたしはただ、よい頃合ではないかと思っただけです」
文昌はそれきり口をつぐんだが、伯英には義弟の言いたいことがよくわかっていた。仇はとった。八年もかけて、ようやく。だが、それで何かが変わったとは、伯英には思えなかった。
「ひとに勧めるなら、まず自分が範を示したらどうだ。おまえが身を固めたら、おれも真面目に考えることにしよう」
「それまでは妓楼遊びですか」
微細な棘を含んだ声を聞き流し、伯英は視線を前に戻した。屋台の前で、迅風が子怜に紅色の花燈籠を押しつけている。
「……だから、絶対こっちがいいって。派手で目立つぞ」
大きな房飾りのついた燈籠が、おそらく好みに合わないのだろう。子怜はどことなく気乗りがしない様子だ。
「伯英どの」
そう呼びかける文昌の顔は、いつもの参謀役のそれだった。
「あの子も、どうするおつもりで。子どもをいつまでも軍に置いておくわけにはいきませんでしょう」
「あの年なら従卒くらい務まりそうだが」
「普通の子ならそうでしょうが、あの子はいけません」
「だめかな」
「だめですよ」
文昌は再びため息をついた。伯英はときどき、この義弟が好んで心配事を抱えこんでいるのではと思うことがある。ひとつ片付けばまたひとつ、別の気鬱の種を見つけてくるのだ。もっと肩の力を抜けばいいのに。どうせ、なるようにしかならないのだから。
「あの顔は、無用の
文昌の声を背中で聞きながら屋台に歩み寄ると、子怜は顔を覆っていた面をずらして伯英を見あげた。露わになった美麗な顔に、道行く人がほうと目を見開いて足を止める。
「いいのが見つかったか」
子怜の頭をなでながら、伯英は面を直してやった。もちろんでさあ、と胸をはる迅風の横で、子怜はすげなく首を横にふった。
「よくわかんない」
「おまえなあ! だからおれが選んでやったこれがだな……」
やいやいと騒ぐ迅風と、相変わらず感情の乏しい、しかし若干迷惑そうな顔をした子怜を見比べて、伯英は笑った。
変わったことが、ないわけではなかった。ささやかな変化が、これからどう転ぶのかはわからない。だが、さしあたって、この春の宵は心地よい。今の伯英にはそれで充分だった。
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