第二章 君に捧ぐは花燈籠

君に捧ぐは花燈籠(一)

「派手にやらかしたものじゃのう」


 細い髭をひねりながら、その男はうなった。五十がらみの小男である。体だけでなく目も鼻も口も、全体的にちまちまとしたつくりだが、両耳だけが小さな頭に不釣合いなほど大きく垂れ下がっている。飄々とした物腰とあいまって、どことなく仙人めいた印象を与える男だった。


「すまん」


 初老の男と同じ卓を囲んでいた伯英はくえいは短く詫びた。その隣で文昌ぶんしょうも眼を伏せる。


「詫びは不要。じゃが、せめて事を起こす前に、わしに相談してくれてもよかったのではないかな」

「話せば、あんたを巻き込むことになるからな」

「どのみち巻き込まれるのは同じじゃわい」


 小男がため息をもらしたところで、控えめに扉がたたかれ、盆を持った少年があらわれた。少年は客人に一礼し、湯気の立つ茶碗を卓に並べる。その顔を見た小男は「ほう」と感嘆の声をあげた。


「たいした美童じゃの。王都衛とえい、おぬしいつから宗旨替えをした」

「馬鹿言いなさんな」


 伯英は笑って少年を手招いた。


子怜しりょう、挨拶を。おれの古なじみの永忠えいちゅうどのだ。こう見えてなかなか偉いお方でな。ろう県丞けんじょうでいらっしゃる」

「こう見えて、は余計じゃ」


 県丞とは、県の長官である県令の補佐役である。つまりは瑯県で二番目に偉い官吏である永忠に、子怜は丁寧に礼をほどこした。


「うん、なかなか行儀がよろしい」


 永忠は可愛い孫でも前にしたように眼を細め、懐から銅銭を何枚か取りだして子怜の手に握らせた。


「今夜は祭りじゃからの。屋台がたんと出る。これで好きなものを買うといい」


 子怜はちらと伯英の顔をうかがう。伯英がうなずくと、子怜は礼を述べ、空になった盆を胸に抱いて退出した。


「美しいが、変わった子じゃの。駄賃をもらってもにこりともせん」


 永忠は茶碗をとりあげて首をひねった。責めているというより、気遣っている表情である。


「どこで見つけてきた」

長徳ちょうとくで。しんの寝所でやつを斬ったとき、側にいたのがあいつだ」


 短い説明で大方の事情を察したように、永忠は白いものが混じる眉をひそめた。


「難儀な過去がありそうじゃの」


 伯英はわずかに唇をゆがめ、黙って茶をすすった。

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