純白に染む(八)
ひらりと、白い花弁が舞う。それを捕まえたくて手をのばすも、風に遊ぶ花びらは、こちらの努力を笑うように指の間をすりぬけていく。
「どれ」
だしぬけに、体を高く抱え上げられた。
「ほら、これなら届くか」
咲き乱れる玉蘭の花が目の前にあった。手をのばして一枝折りとると、
「よかったな」
手に握った純白の花を見つめているうちに、また胸の奥がぎゅっとしめつけられるような感覚に襲われた。変だな、と思った。肩の傷が痛むならまだわかるのに、と。
「
すとんと、その名がふってきた。顔をあげると、大きな笑顔の伯英と目が合った。
「決めた。子怜がいい」
よく笑うひとだ。普段の眼光は鋭いほどだが、自分に向けられる眼差しはいつもやわらかい。
「いつまでも
な、子怜、と。伯英はもう一度その名を口にした。新しい名を。
「あとで紙に書いて見せてやるよ。ああ、ところでおまえ、字は読めるか」
花をつかんだ手を胸に押しあてながら、黙って頭をふった。胸の痛みは相変わらずだ。痛くて痛くて、涙までにじんできた。だけど、やっぱり変なのだ。この瞬間がずっと続いてほしいと、そう願っている自分がいる。
「なら、それも教えてやるさ。ついでに
あ、兄貴おれのこと呼びました? と馬を寄せてきた迅風を、伯英はうるさそうに手をふって追い払う。
「やあ、見えてきた」
いつの間にか、灰色の城壁が眼前にあった。
白い花が舞う。子怜はそっと目を閉じた。夢のように美しい光景を、まぶたの裏にやきつけるように。
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