春靄に惑う(四)
「戦って、やっつけちゃえばいいのに」
「そうさなあ……」
子どもらしい物言いに笑みを誘われたところで、伯英は気づいた。確かに、自分はまるで戦う気がないのだと。
永忠も文昌も、この事態をどうにかしようと躍起になっている。それを横目で眺めながら、自分はまるで他人事のように構えている。なるようになれとばかりに。
投げやりともいえる姿勢の
終わったことを告げ、待たせたことを詫びた。これからどうしてほしいと尋ねてもみたが、答えは返ってこなかった。当然だ。当然のことを、まだ受け入れられずにいる。おそらく死ぬまで無理だろう。
「伯英」
細い声で、伯英は物思いから覚めた。
「なんでだろうな」
本当に、何をやっているのやら。一度失っておきながら、また懲りもせず小さなものを抱えこんで。あげく、それすら手放そうとしている。
「飽きたの?」
伯英は声をたてずに笑った。つくづく子どもというものはおもしろい。その小さな口から次に何が飛び出すのか、まるで予想もつかないのだから。
「何に飽きたって?」
「戦うのに」
つと、胸を突かれたような心持ちになった。
「飽きて、好きじゃなくなったから、もう戦わないの?」
飽きて、好きでなくなった。それはつまり、
「今までは好きでやってたみたいじゃないか」
「ちがう?」
「そりゃ、おまえ……」
囲棋とは違うと言いかけて、伯英は口をつぐんだ。
何が違うというのだろう。盤上の戦いと現実のそれと。策をめぐらせ、攻守の機を見さだめ、敵を屠るという点では同じではないか。
「……違わないな」
智慧をしぼり、相手を出し抜いてやったとき、馬を駆り矛をふりかざし、先陣をきって敵軍に躍りこんだとき、そこにひとかけの高揚もなかったと言えば嘘になる。
「あとは、得意なんだろうな」
「得意?」
「向いてるってことだ。
この八年でくぐりぬけた戦いは優に百を超す。勝利のたびに階級はあがり、率いる兵の数は増えた。はじめは気恥ずかしいばかりだった王虎将軍の二つ名も、近頃では敵の戦意をくじくために利用するほどには厚顔になった。
「なら」
子怜は事もなげに言った。
「趙都督にも勝てるね」
その言葉は、伯英の胸をたん、と射抜いた。目が覚めるような心地で養い子の顔を見おろすと、綺麗に澄んだ一対の瞳がそこにあった。
ああそうか、と伯英は思った。
欲しかったのはこれだった。慰めではなく、ましてや励ましでもなく、ただ単純な肯定と純粋な信頼とが。
飽いたかと問われれば、まだ、と頭より先に体が応じる。幸い、多少の才もあるらしい。ならばその自惚れのまま、行けるところまで行ってみればいいではないか。
「おまえには敵わんな」
ひさびさに、腹の底から愉快な気持ちがこみ上げてきて、伯英は養い子の髪をくしゃくしゃにかきまわした。
「伯英」
さすがに迷惑そうに、子怜が抗議の声をあげる。
「悪い悪い」
笑いながら、伯英は胸のうちで義弟にも詫びていた。
せっかく持ってきてくれた潘家の話、どうやら断ることになりそうだと。
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