第四章 薫風は南より

薫風は南より(一)

 ちょう都督ととくの使者がろうの県城に到着したのは、季節が逆戻りしたかのような冷たい雨が降る日のことだった。


 接見の場である官衙の堂で、伯英はくえいは床にひざまずいて使者を迎えた。


朱圭しゅけいと申します。どうぞお楽に、王都衛」


 朗らかな声に顔をあげた伯英は、ほうと眼を見開いた。朱圭と名乗ったその使者は、伯英の想像よりひとまわりも若い男だった。


 年は文昌ぶんしょう迅風じんぷうの間あたりか。上背はあるが全体的にひょろりとした体格で、南方の生まれとおぼしき浅黒い顔が陽気に笑んでいる。


「高名な王虎将軍にお目にかかれて光栄です。貴殿のご勇名、いまや幾南で知らぬ者とておりません。ことに先年の張三の討伐、あれは実に見事なものでした。あの一件は郡城で芝居の演目にもなっておりましてね、これがなかなか見ごたえのある……」


 よくしゃべる男だ、と伯英は呆れる思いで使者の顔を眺めた。同席している県令と県丞の永忠えいちゅうも、型破りな使者を前にして困惑の色を隠しきれていない。


 ひとしきり王家軍の活躍を称えた後、使者はようやく伯英の審問にとりかかった。


「長徳からの訴えによりますと、夜半に正体不明の騎馬の一団が城門を破り、蔡という商人の屋敷を襲ったとか。その賊――ああ、失敬」


 使者は伯英の機嫌をとるような笑みを浮かべた。


「蔡家の主人を殺害し、屋敷に火を放って逃走した者たちが、瑯県預かりの王家軍の兵であり、さらにその指揮をとっていたのが王都衛、貴殿であったと。さて、以上の訴え、事実にございましょうか」

「事実にございます」


 伯英はあっさりと首肯した。


「ですが、ひとつ訂正を。われらが討ったのはただの商人ではございません。彼の者の名はしん大貴だいき、かつてこの瑯の県令であった者です。つけ加えるなら、八年前、守るべき民を見捨てた希代の卑劣漢」


 伯英の射るような視線を受け流すように、使者は何度かうなずいた。


「そのあたりの事情は存じております。しかし、それでは私戦のそしりを免れませんな。貴殿は王家軍の将でいらっしゃる。されど、戦う相手を決めるのは貴殿ではございません」


 使者の言は正しかった。たとえ義勇軍であろうと、王家軍は官軍であり、伯英は武官である。しかるべき命なくして兵を動かすは重罪だ。


「そちらの県令どのがお命じになったというならともかく」


 さっと青ざめた県令の傍らから進み出ようとした永忠を、伯英はすばやく眼で制した。


「県令どのの命ではございません」

「ならば、私戦であったとお認めに?」

「いや」


 伯英は首を横にふった。


「下命は、ございました。ただ、それが県令どのからではなかっただけのこと」

「では、誰から」


 使者の顔を真っ向から見すえ、伯英はその名を口にした。


「――趙都督から」


 沈黙が、堂を支配した。

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