第四章 薫風は南より
薫風は南より(一)
接見の場である官衙の堂で、
「
朗らかな声に顔をあげた伯英は、ほうと眼を見開いた。朱圭と名乗ったその使者は、伯英の想像よりひとまわりも若い男だった。
年は
「高名な王虎将軍にお目にかかれて光栄です。貴殿のご勇名、いまや幾南で知らぬ者とておりません。ことに先年の張三の討伐、あれは実に見事なものでした。あの一件は郡城で芝居の演目にもなっておりましてね、これがなかなか見ごたえのある……」
よくしゃべる男だ、と伯英は呆れる思いで使者の顔を眺めた。同席している県令と県丞の
ひとしきり王家軍の活躍を称えた後、使者はようやく伯英の審問にとりかかった。
「長徳からの訴えによりますと、夜半に正体不明の騎馬の一団が城門を破り、蔡という商人の屋敷を襲ったとか。その賊――ああ、失敬」
使者は伯英の機嫌をとるような笑みを浮かべた。
「蔡家の主人を殺害し、屋敷に火を放って逃走した者たちが、瑯県預かりの王家軍の兵であり、さらにその指揮をとっていたのが王都衛、貴殿であったと。さて、以上の訴え、事実に相違ございませんか」
「ございませぬ」
伯英はあっさりと首肯した。
「ですが、ひとつ訂正を。われらが討ったのはただの商人ではございません。彼の者の名は
伯英の射るような視線を受け流すように、使者は何度かうなずいた。
「そのあたりの事情は存じております。ですが、それでは私戦の
使者の言は正しかった。たとえ義勇軍であろうと王家軍は官軍であり、伯英は武官である。しかるべき命なくして兵を動かすは重罪だ。
「そちらの県令どのがお命じになったというならともかく」
さっと青ざめた県令の後ろから進み出ようとした永忠を、伯英はすばやく眼で制した。
「県令どのの命ではございません」
「ならば、私戦であったとお認めに?」
「いや」
伯英は首を横にふった。
「下命は、ございました。ただ、それが県令どのからではなかっただけのこと」
「では、誰から」
使者の顔を真っ向から見すえ、伯英はその名を口にした。
「――趙都督から」
沈黙が、堂を支配した。
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