春靄に惑う(三)
昼間、不用意にあんなことを言ったせいだろう。
「あのな、
「おれは別に、そういうつもりでおまえを置いているわけじゃないぞ」
一日を終えて寝床へもぐりこもうとしたところで、小さな侵入者に気づいたのである。養い子がどういうつもりで自分のもとへ忍んできたのかは明白だった。
桁外れの美貌を誇る少年を手もとに置いていることを、口さがない連中が何と噂しているかは知っている。神経質な
だが、当の伯英は気にしていなかった。むしろ、自分の
しかし今、伯英の目の前で噂が現実になりつつある。それはまずかろうよ、と伯英はがしがしと己の髪をかきまわした。
「自分とこへ帰んな」
子怜は黙って伯英の顔を見あげていたが、ややあってするりと身を寄せてきた。
「こらこら」
華奢な体を押し戻そうとしたが、逆にぎゅっと腕をつかまれた。
「……お願い、だから」
思いのほか強い力でつかんでくるその手は、小刻みに震えていた。
「追い出さないで……なんでもするから」
まいったな、と伯英は天井を仰いだ。はじめから、この少年には負けっぱなしである。
「ちょっと話すか」
離れてくれそうにないので、いっそのこと、と引き寄せた。小さな背中を抱え、ちょうどいい高さにあった頭にあごをのせる。
「おれはな、おまえのことが邪魔だから追い出すわけじゃないぞ。むしろ、気に入ってる。恩人てことを抜きにしてもな」
「だったら……」
「まあ聞け。おまえも耳にしてるだろうが、今な、ちと厄介なことになってんだよ」
「……
「そうだ」
文昌がほうぼうに人を遣って調べたところによれば、趙都督の使者は県境を越えたらしい。もうじき、この
「その使者とやらが来る前に、おまえにはちゃんとした落ち着き先を見つけてやりたいんだよ。事によっちゃあ、もうおまえの面倒を見てやれなくなるからな」
今回の件では
最悪、投獄あるいは処刑ということになるかもしれない。もとより覚悟の上だ。自分だけでなく、あの企てに関わった者は全員。
それでも黙って殺されてやる気はないので、いざとなればどうにかして逃げるつもりではいる。ただ、さすがに子どもを連れては行けない。
「わかったら、おとなしく潘家に行ってくれないか」
「わかんない」
いつもより幼い反応に、伯英は苦笑する。
「わかってくれないもんかねえ」
「わからないよ」
腕の中で子怜が身をよじった。
「なんで伯英が戦わないのか、わからない」
薄闇の中で、艶のある黒い瞳がひたとこちらを見すえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます