天川に星を逐う(四)

「師父の策はあやういよ」


 白い花にも似た繊細な容貌の少年は、常のごとく無表情で告げた。


伯英はくえいが負けたら、あとがないもの」

「黙れ!」


 伯英がえた。たたきつけるような声と、それ以上に苛烈な眼差しに、叱責をうけた少年以外の者もはっと息を呑む。


「誰がおまえに口をきいていいと言った」

「失礼を。王虎将軍」


 すばやく立ち上がったのは朱圭しゅけいだった。子怜しりょうの肩に手をおいて頭を垂れる。


「すぐに出て行かせますゆえ、どうかご容赦ください」


 そう言って子怜を連れ出そうとした朱圭を、江夏こうか城主の慈生じせいがとめた。


「いや、その童子の言うことは正しい」


 ようやく味方ができたと思ったのだろう。慈生は満面の笑みを子怜に向けた。


「そこの童子、もっといい手があると申したな。どういうものか話してみよ」


 子怜は伯英と朱圭の顔を交互に見つめた。腕を組んで押し黙っている伯英のかわりに、朱圭が浅くうなずく。


「城をてればいい」


 城主の笑みが凍りついた。


嚇玄かくげんがこの城を欲しがっているなら、あげればいいよ。その間に、こっちは皆で河をわたる」


 一同が声を失う中、ただひとり朱圭だけはおもしろそうに唇をゆがめ、小さな弟子に尋ねた。


「河をわたって、それから?」

常陽じょうようへ行く」

 

 さも当然のように子怜は答え、師をふり仰ぐ。


「常陽をとるのが目的だったんでしょう? だったら伯英がやればいい。趙都督と役目が入れ替わっただけだよ」


 敵の本拠地を陥落せしめる大役と、そのためのおとり役とが。


「いまならきっと簡単にとれる。嚇玄をどうにかするのは、そのあとでいい」

「それは、しかし……」


 慈生がかすれた声をしぼりだし、救いを求めるように左右に視線をさまよわせる。


「子怜」


 伯英は静かに養い子の名を呼んだ。


「皆というのはどこまでだ。この城の民も皆連れていくのか」

「それじゃ足がにぶる」


 即座に子怜は否定する。


「行くのは兵だけ。あとは置いていく」

「……おい」


 たまりかねたように迅風じんぷうが口をはさんだ。


「おまえ、自分がなに言ってるのか、わかってんのか? 兵をみんな連れてってちまったら、残されたやつらはどうなるんだよ。女子どもも大勢いるんだぞ。そいつらがどんな目にあわされるか、それくらいおまえにも……」


 略奪、暴行、虐殺。かつて伯英の故郷にも襲いかかった災厄を知らぬわけでもあるまいに、子怜はただ首をかしげただけだった。それがどうした、とでも言うように。


「おまえ……」


 色を失って座を立った迅風を手振りで制し、伯英はふたたび子怜に問いかけた。


「戦えない者を置いていくとしたら、その中には当然おまえも入るぞ。それでもいいのか?」


 いささかのためらいもなく、子怜はうなずいた。


「ぼくが足手まといなら」


 伯英はしばし無言で養い子の顔を見つめていたが、ややあって大きく息を吐いた。


「……朱圭」

「はい」

「いますぐそいつをつまみ出せ。連れてきたのが間違いだった」


 朱圭に肩をおされて、子怜はおとなしく退出した。その瞳にどんな感情が浮かんでいるのか、伯英の位置からは確認することができなかった。

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