天川に星を逐う(五)

 璃江りこうのほとり、あしの上に寝ころんで、子怜しりょうは夜空を眺めていた。


 朝方にふっていた雨は昼前にはあがり、藍色の空は綺麗に晴れている。無数の星がまたたく天蓋は、見ていて飽きるということがなかった。


 星宿せいざを追っていると、子怜の頭の中で星のひとつひとつが生き生きと動き出す。


 北天にかがやく老白星は本陣の大将。右翼左翼をしたがえた堂々たる布陣に、南の赤乱星が襲いかかる。迎え撃つは青輝星。剽悍な南軍に翻弄され、いったん後退するも巧みに陣を編みなおし、一気呵成に攻勢にうつる。


 めまぐるしく変わる戦況に眩暈めまいをおぼえ、子怜は手の平でまぶたをおおった。


 ときどき、こういうことがある。己の思考に深く潜りすぎてしまうことが。あの、いつも笑っている男に出会ってからは、とみにひどくなっているようだ。


 師父と呼ばせて悦に入っているあの男、どうやら自分に兵法というものを学ばせたいらしい。とはいえ、とりたてて何かを教えてくれるわけではない。囲棋を打つかたわら、ぽつぽつと独り言のようなつぶやきをもらすだけだ。何は無くとも兵糧だね、とか。


 食事のことなら伯英はくえいも負けてはいない。近ごろでは自分の顔を見るたびに、飯食ったか、と訊いてくるようになった。面倒だから全部うなずいていたら、嘘をつくなと叱られた。わかっているなら訊かなければいいのに。


 さくさくと、草を踏む音が近づいてきた。頭のすぐ先の地面が震え、


「っと……」


 聞き慣れた声がふってきた。


「おまえな、なんてとこで寝てんだよ。あやうく踏んづけるところだったろうが」


 背の高い男があきれ顔でこちらを見おろしていた。


「……伯英」


 身を起こすと、隣に伯英が腰をおろした。


「ひとりで出歩くなっていつも言ってるだろ。蘇丁そていも心配してたぞ」

「そうなんだ」


 頭を小突かれたが、あまり痛くはなかった。


「いつから隠れてた」

「日暮れどきから」

「飯食ったか?」

「……」


 拳が落ちてきた。今度はわりと痛かった。


「悪かったよ」


 殴った分を埋め合わせるように、大きな手が頭をなでてくれる。


「怒鳴っちまって」


 詫びの言葉は、軍議の席での一件に対してらしい。


「怖かったろ」

「怖くない。びっくりしただけ」

「いい度胸してやがるぜ。おれは肝が冷えたぞ。おまえが妙なことを口走るんじゃないかと思ってな」

「言わないよ」

「そうか。けどな、ああいう場じゃ、おまえみたいなやつは勝手にしゃべっちゃだめなんだ。次からは気をつけるんだぞ」


 こくりとうなずいてから、子怜は伯英を見あげた。


「間違いだった?」

「なにが」

「ぼくを連れてきたこと」


 伯英はかるく眼を見ひらき、次いで小さく笑った。


「……それも悪かった」


 髪をくしゃくしゃとかきまわされる。


「正直な、江夏ここまでなら大丈夫だと思ってたんだよ。おれが甘かった。悪かったよ、本当に。えらく危ないところにおまえを残していくことになっちまって」

「そんなの」


 どうでもよかった。それより気になることがあった。


「いまから行くの?」

「おう」


 王家軍と江夏の騎馬兵計千騎を率い、伯英はじきにこの城を離れる。当然のことながら、子怜は同行を許されていなかった。

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