天川に星を逐う(五)
朝方にふっていた雨は昼前にはあがり、藍色の空は綺麗に晴れている。無数の星がまたたく天蓋は、見ていて飽きるということがなかった。
北天にかがやく老白星は本陣の大将。右翼左翼をしたがえた堂々たる布陣に、南の赤乱星が襲いかかる。迎え撃つは青輝星。剽悍な南軍に翻弄され、いったん後退するも巧みに陣を編みなおし、一気呵成に攻勢にうつる。
めまぐるしく変わる戦況に
ときどき、こういうことがある。己の思考に深く潜りすぎてしまうことが。あの、いつも笑っている男に出会ってからは、とみにひどくなっているようだ。
師父と呼ばせて悦に入っているあの男、どうやら自分に兵法というものを学ばせたいらしい。と言っても、とりたてて何かを教えてくれるわけではない。囲棋を打つかたわら、ぽつぽつと独り言のようなつぶやきをもらすだけだ。何は無くとも兵糧だね、とか。
食事のことなら
さくさくと、草を踏む音が近づいてきた。頭のすぐ先の地面が震え、
「っと……」
聞き慣れた声がふってきた。
「おまえな、なんてとこで寝てんだよ。あやうく踏んづけるところだったろうが」
背の高い男があきれ顔でこちらを見おろしていた。
「……伯英」
身を起こした隣に、伯英がどっかりと腰をおろす。
「ひとりで出歩くなっていつも言ってるだろ。
「そうなんだ」
頭を小突かれたが、あまり痛くはなかった。
「いつから隠れてた」
「日暮れどきから」
「飯食ったか?」
「……」
拳が落ちてきた。今度はわりと痛かった。
「悪かったよ」
殴った分を埋め合わせるように、大きな手が頭をなでてくれる。
「怒鳴っちまって」
詫びの言葉は、軍議の席での一件に対してのものらしい。
「怖かったろ」
「怖くない。びっくりしただけ」
「いい度胸してやがるぜ。おれは肝が冷えたぞ。おまえが妙なことを口走るんじゃないかと思ってな」
「言わないよ」
「そうか。けどな、ああいう場じゃ、おまえみたいなやつは勝手にしゃべっちゃだめなんだ。次からは気をつけるんだぞ」
うなずいてから、子怜は伯英を見あげた。
「間違いだった?」
「なにが」
「ぼくを連れてきたこと」
伯英はかるく眼を見開き、次いで小さく笑った。
「……それも悪かった」
髪をくしゃくしゃとかきまわされる。
「正直な、
「そんなの」
どうでもよかった。それより気になることがあった。
「いまから行くの?」
「おう」
王家軍と江夏の騎馬兵計千騎を率い、伯英はじきにこの城を離れる。そこに子怜は同行を許されていなかった。
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