天川に星を逐う(三)
「
そこは文字どおり、山にはさまれた谷間の地だった。
「
果樹から実をもぐがごとく、無造作に放られたその言葉に、一同は唖然とした。
「……おい」
まっさきに声をあげたのは、やはり
「なに言ってんだよ。あっちは数万の大軍だぜ。やすやすと大将首のとこまで通してくれるわけねえだろうが」
「数万もいませんよ。斥候の報告から見積もって、せいぜい一万といったところでしょう。ああ、わかっております。それでも数の上では圧倒的にあちらが有利」
ですが、と
「あちらが数の利でくるなら、こちらは地の利をもってそれを封じてしまえばいいのです」
こいつは役者だな、と
この男の語り口は、不思議と聞く者の耳をひきつける。なめらかなその語調に酔わされて、あとで痛む頭をかかえることにならねばよいのだが。
「いかに大軍であろうと、それを展開できねば無意味というもの。尭谷のような地では、守りの陣もろくに敷けません。そこを駿足の騎馬兵で突き崩すというわけです。王家軍の五百騎と、江夏の常備兵五百騎。しめて千騎です。戦力としては充分かと」
その千騎で尭谷へ急行し、崖上で嚇玄の軍を待ち伏せるのだと朱圭は説いた。嚇玄の軍が谷間の道にさしかかり、その隊列がのびきったところで上から一気に攻めよと。
「狙うは嚇玄の首のみです。頭を失えば、のこりは浮き足だって逃げるでしょう。そして王虎将軍、あなたは一躍英雄となる」
「なあ、あんた」
悪酔いする前にと、伯英は口をはさんだ。
「あんたはどうも、おれたちを買いかぶっているようだな。十倍の敵にあたれだの、崖をくだって大将首をとってこいだの、さっきから無茶がすぎるぜ」
「できませんか」
朱圭の両眼に挑発的な光が躍る。
伯英は
「……できなかないな」
朱圭はにっと笑った。賭けで望みの
「待たれよ」
ためらいがちに声を発したのは、江夏城城主、
「その策、王
「ああ? おれたちが負けるってか」
がら悪くすごむ迅風をひとにらみで黙らせ、伯英は先をうながした。
「貴殿らを信用しておらぬわけではないが、万一ということもある。乏しい兵力をいたずらに分散させるより、ここは全軍で籠城して援軍を待つほうがよいのでは」
「援軍が来るより先に、この城が
さらりと朱圭が応じた。
「趙都督を失って混乱の極みにある畿南軍が、すぐに援軍をよこしてくれるとは思えません。なにより、いまは兵より糧食が乏しい。このままでは、早晩われらは飢えに苦しむことになる。そうなっては、もはや戦うどころではありません」
朱圭の指摘は正しかった。連日大量におしよせる避難民を受け入れているために、江夏城の糧食の備蓄はすでに底を尽きかけている。
「籠城を選ぶなら、はじめから城門を閉ざし、民を締め出すべきでした。それとも、いまから追い出しますか」
「できるはずなかろう。そのようなこと」
「ご立派です。ならば、やはりわれらがとるべき道はひとつ」
「――ちがう」
澄んだ声がわりこんだ。
一斉にふりむいた大人たちの視線の先で、その少年は臆したふうもなく言葉をつづけた。
「もっといい手がある」
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