暁に咲く(二)
その瞬間、わが身を貫いた感情をなんと呼べばいいのか、
心底を見すかすような台詞を吐いた少年への怒り。焦りと狼狽。あるいは羞恥。それらすべてをねじふせ、文昌は苦いつぶやきをもらす。
「……それは違うな」
邪魔より、なお悪かった。
はじめて会ったときから、この少年には漠とした違和感を覚えていた。とらえどころのないその感情が、はっきりした形をとって現れたのは、一日前の軍議の席でのことだ。
これは違う、と思った。ひとの姿をしているだけで、これは自分たちとはまるで相容れないものだと。
もしもいま、と、文昌の胸の奥で激情の残り火がゆらいだ。
この少年の肩を押してやったらどうなるだろう。少しだけ、ほんの少しだけ力をこめて押すだけで、この小さな身体は簡単に柵の向こうへ落ちていくことだろう。
ゆっくりと、文昌の腕が持ち上がる。それを追う子怜の視線が、ふっと横にそれた。
「なっ……」
はじかれたように柵から身を乗り出した子怜の身体を、文昌はとっさに抱きとめた。
何をすると、叱りつけようとしたところで、文昌もそれに気づいた。
眼下に流れる
船団の先頭に、紅い旗がひるがえる。曙光を浴びてはためく旗にあるは「陳」の文字。
陳王
文昌は腕の中の少年を見た。食い入るように川面を見つめる少年の白い顔もまた、暁光を受けて血の色に染まっていた。その唇がうっすらと笑んでいるように見えたのは、文昌の気のせいではあるまい。
――
文昌は胸のうちで呼びかける。
あなたの気持ちが、少しだけわかったような気がしますよ、と。
文昌は望楼に吊り下げられている
甲高い鐘の音が払暁の空に響く。江夏城攻防戦の、それが幕開けだった。
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