薫風は南より(七)
英雄になれ。その言葉に、
「あんた、酔ってるな」
「これしきで酔うものですか」
朱圭は真顔のまま首をふった。
「
いつか
「わが
熱っぽく語る朱圭の顔は、やはり酔っているように伯英には見えた。酒ではなく、別のものに。
「あんたはどうなんだ」
夢から覚めたように、朱圭は瞬きをした。
「あんたの望みだよ。おれをけしかけて、あんたはどうしたい」
「……いま申し上げたとおりですよ」
数呼吸分の間をおいて、朱圭は答えた。
「わたしも、わたしの力を試したいだけです。あなたと同じ道ながら、あなたとは違うやり方で」
曖昧な返答だったが、言いたいことはよくわかった。つまり、この男は己が作った筋書きを実際に演じてみせる役者が欲しいのだ。その芝居で、伯英は名優たれと望まれている。
「……あんたのいいように使われるのはごめんなんだがな」
「逆ですよ。あなたがわたしを利用するのです」
よく言う、と伯英はあきれた。そもそも王家軍を捨て石にという策からして、この男の頭から出たものに違いなかろうに。
伯英は腹の底から大きく息を吐き出した。当面、ほかに途はなかった。命は下った。
「とりあえず、ここの払いはあんたもちだ」
「それはもう」
朱圭はへらりと頬をゆるめた。
「ついでに知恵も貸せ。悪知恵でも無いよりましだ」
「これはひどい」
心外そうな口ぶりとは裏腹に、朱圭の顔は嬉しそうだった。話は終わったと、文昌とともに座を立った伯英だったが、そこで朱圭が「おや」と首をかしげる。
「泊まっていかないんですか。お姐さんたち悲しみますよ」
「あんたが慰めてやれ。おれはあんたの相手をして疲れたんだよ」
「子どもに留守番もさせていることですしねえ」
含みのある言い方に、伯英は再び腰を下ろした。
「ちょうどいい。ねえ、王虎将軍」
菓子でもねだるような気軽さで、朱圭は言った。
「あの子、わたしにくれませんか」
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