純白に染む(六)

 故郷はどんなところだと訊ねると、伯英はくえいはしばしの沈黙のあと「春はきれいだな」と言った。


「春?」

「ああ。ちょうどいま時分が一番いい。路沿いにこう、ずっとな、玉蘭ぎょくらんが植わっている。春になるとそれが一斉に花をつけるんだ。あたり一面花が咲き乱れて、そりゃあいい眺めだ」


 ゆったりと進む馬の背で、伯英は故郷の情景を語ってくれる。低い声と、背中をつつむ温もりが心地よい。


「おまえに似てるな」


 意味がわからず首をかしげたところで、大きな手が頭をなでてくれる。


「白い花なんだよ。はじめておまえを見たとき、その花が頭に浮かんだ」


 ああそうか、と納得した。かつての主人は、夜の身支度にことのほかうるさかった。


「あのときは、白粉おしろいを塗ってたから」

「そうじゃない」


 また髪をかきまわされた。このひとといると、いつも髪をくしゃくしゃにされてしまう。けっして嫌ではなかったけれど。


「まあ、見ればわかるさ。じき着く」


 山中の廃廟を発ったのは十日前のことだ。ろうという地まで、馬を飛ばせば三日ほどの距離だそうだが、一行の歩みはごくのんびりとしたものだった。


 急ぐ旅でもないからな。そう伯英は言ったが、怪我人を抱えていては急ぐに急げないというのが本当のところだろう。


 だから、ぼくのせいだね、と返したら頭を小突かれた。子どもがつまらんことを気にするんじゃない、と。そう言って笑う伯英の顔を見たとき、なぜだか胸の奥が痛いような、うずくような、ひどく落ち着かない心地になった。


 あれは何だったんだろう、と思い返していると、だしぬけにぱっと目の前が明るくなった。


「どうだ、ちょっとしたものだろう」


 頭上で得意げな声がした。


 雲の中にいる。そう錯覚するほどに、やわらかな白が視界いっぱいに広がっていた。路の両側に、こぼれんばかりの純白の花をつけた木々がどこまでも続いている。


 甘い香をふくんだ風が枝を揺らし、ひとひらの花びらが舞った。白い鳥のようなそれを捕まえたくて、とっさに右の手をのばした。


「子どもってのは、みんな同じことをするんだな」


 ふり仰ぐと、伯英が眼を細めてこちらを見ていた。笑んでいながらも、痛みをこらえているような眼差し。このひとは、ときどきこういう眼をする。


 きっと子どものことを思い出しているのだろう。八年前に殺されたという息子のことを。

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