純白に染む(二)

 意識をとりもどしたとき、最初に感じたのはひりつくような喉の渇きだった。うすく両眼をあけると、暗い視界で大きな影がひそやかに動いた。


「目が覚めたか」


 枕元にひとりの男が座っていた。顔は見えなかったが、すぐにあの男だとわかった。よく響く低い声と、しなやかな猛獣のような気配で。


「喉が渇いているだろう。水を持ってきた。ゆっくり飲めよ」


 唇に水差しがあてがわれた。細い口から流れこむぬるい水を夢中で飲み、充分に喉をうるおしたところで、ほっと息をつく。とたんに、ずきりと左肩が痛んだ。肩だけではなく、両の手足も、胸も。体中がきしみ、はげしい悲鳴をあげている。唯一痛みがないのは頭だけだったが、かわりに熱い湯にあてられたようにぼうっとしていた。


「傷から熱がでたんだ。苦しいだろう」


 かすかに首をふった。痛みはある。だが、耐えられないほどではない。


「上等だ」


 笑いの気配が伝わってくる。そろそろ暗さにも目が慣れて、おぼろげながら男の顔が見えるようになった。


 年は三十前後か。いだような頬と彫りの深い目鼻立ちは、美男と評するにはいささかきつすぎるものだった。それでも不思議と親しみやすい印象を与えるのは、そのわずかに下がった目尻が笑みを含んでいるように見えるせいだろうか。


「眠れ。何も心配しなくていいから」


 額に大きな手があてがわれた。心地よいその重みに、両のまぶたを閉じる。眠りはすぐにやってきた。夜の闇よりも深く、安らかな眠りだった。

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