5.『売り上げが倍変わる』

 これまでは、先人たちの知識をご紹介してきましたが、たまには、私の経験談をお話させて頂きましょう。


 私こと板皮類は、2018年までおよそ14年間、いわゆる美少女ゲームの開発現場で、シナリオライティング・企画職に携わっていました。

 これは、その過程で、得られた経験です。


 美少女ゲームのような買い切りスタイル(※1)のコンテンツで、判断が難しいのがヒットした&ヒットしなかった、原因の究明です。


 食料品のような――毎年、毎日、市場に卸せる商材は、何か売り上げに変化があれば、『このタイミングで、アクシデントがあったのだな』とすぐに、分析できます。


 グラフ化もしやすいですし、分析に使える比較対象が豊富にあります。


 しかし、買い切り販売をしたエンタメ系のコンテンツは、早くて数か月に一度にしか市場に出せません。発売するタイミングも不定期ですし、しかも、つねに内容を変えた【新作】を投入しなければいけません。


 前回よりセールスが上回ったとしても、その原因が、


 ・作品内容が改善されたから

 ・市場に変化があったから

 ・販促が成功したから


 の、どれに由来するのか、因果関係が分かりづらいのです。

 数か月に1回しか商品を投入できないから、比較用の統計データが十分ではありません。


 故に、『作品内容の良し悪し』という数値化しにくい部分は、企画会議の売り上げ予想の現場で、軽視されやすい傾向がありました。


 『作品内容』は買った人しか分からない。

 ユーザーは購入前に、良し悪しを知りようがない。だから、購入動機にはさほど影響しないだろう――という理屈です。


 なるほど、道理にかなっているようにも思えます。が、しかし本当に『作品内容』はそこまで、過小評価されてもよいものなのでしょうか。

 実は、私、これに対して一つの答えを持っています。


 2012年頃――いわゆるR18ソフトの話題になるため、具体名は伏せますが、仮に『セクシークエスト』とでもしておきましょう。

 この『セクシークエスト』を使って、ある特殊な販売方法を試しました。

 その名も、『セクシークエスト・外伝』 その内容とは――


・かつて、販売した『セクシークエスト』のスピンオフ短編を連続で発売

・毎週1本ずつ、新作を販売し続ける、全8回

・1本300円と、ソシャゲーのガチャ級の低価格を実現

・毎回、違ったゲストシナリオライター・原画を迎える


・ストーリも独立。好きな短編だけ、チョイスして遊べるよ


・今回の分析には関係ないけど、ダウンロード市場で販売


 スタイルとしては、週刊少年雑誌。あるいは、ゲスト作家にスピンオフストーリーを描いてもらうという点では、アンソロジーコミックに近いでしょうか?


 ともあれ、『セクシークエスト』という原作があり、CG・シナリオ監修は同一人物が行うため、各短編のクオリティにさほどの違いは出ません。


 また、毎週発売するので、売り上げに変化があればすぐに察知でます。

 原因の究明も容易でしょう。


 さて、このような前提の元、発売された『セクシークエスト外伝』。

 どんな、売り上げの推移を辿ったのでしょうか?


 結論を述べると、8本中5本は、同一の売り上げでした。

 原作が共通で、クオリティが同じであれば、ある意味当然の帰結です。


 問題は、残る3本。

 1本は、他の短編と比較して、なんと2倍の売り上げ本数を記録!

 実は、トップバッターとなった初号のみ、期間限定で【300円→100円】という価格破壊の値引きセールを実施。試みが、セールスに反映された形です。


 残された、2本は

 【1本は、他の短編の2/3の売り上げ本数】

 【1本は、他の短編の1/2の売り上げ本数】

 と、セールスが低迷しました。


 なぜ、2本だけ苦戦したのか。

 該当作のクオリティが、著しく劣っていたわけではありません。

 また、名誉のために断言しますが、担当されたゲスト作家さんの知名度・腕が、他より劣っていたわけでもありません。


 ただ、問題の2本は、【他と毛色が全く違うテーマ】【原作でわき役だったキャラに、スポットを当てた作品】でした。

 長期連載をする上で、マンネリを避けるために意外性を加えたわけですが、少なくともソフト単発で見れば、セールスに水を差したことになります。


 以上が、『セクシークエスト外伝(仮)』の販売数の顛末です。


 8本中、5本が同じ販売本数を記録したわけですから、同じクオリティ・話題性が保証されるのであれば、担当作家さんのパーソナリティだけでセールスが上下するというわけではなさそうです。

 また、登場人物・世界観などが同一であれば、ある程度のシチュエーションの差異までなら、売り上げには影響がなさそうです。


 ただ、顧客のニーズを読めなくて、大きなボタンの掛け違いがあると、売り上げが少なくとも半減まで至る場合があることもわかりました。

 【地雷】と言い換えてもいいですが、どこに【地雷】があるかを嗅ぎ取れる、目利きの力が重要になりそうです。


 目利きができないと、【地雷】を気づかずに次々と踏んでしまう。

 あるいは目にするもの全てが【地雷】であるように見えて、使い古されまくった旧来のカビの生えたような素材にしか、手を出せなくなるのではないでしょうか?


 これが、

『【地雷】=大きな欠点が見逃されたまま、商品が発売される』

『どれが【地雷】か分からないので、リテイクを鬼のように繰り返す』

『似た特徴の商品ばかりが、出回る』

 などなど、商品開発の現場における様々ないざこざ、閉塞感の種となっている気がします。



 では、肝心のどうすれば、目利きになれるのか?

 個人的には、経験を積むしかないのかなと思います。

 市場にある人気作・不評だった作品を、コックよろしく、よく味わって研究する。

 様々なジャンルに挑戦して、お客様からの生の声を吸収する。


 一人ではカバーできないのであれば、そのジャンルに長けた人に相談する。

 ――そういった意味では、『無知の知』(※2)の精神で、貪欲に情報収集に励むことしか、今の私には、方法が浮かびません。



 (※1) 買い切り

 一度、料金を支払ったら原則、コンテンツをずっと利用できる売り方のこと。

 コンシューマのソフトや、美少女ゲームのダウンロード・パッケージ販売がこれにあたる。

 他の売り方に、携帯電話の定額制、ソーシャルゲームに多くある課金制がある。


 (※2) 無知の知

 哲学者、ソクラテスの言葉。自分がモノを知らないと未熟者だと知って、はじめて成長する余地ができる。『自分が知らないことを、私は知っている』と考えられる分だけ、ちょっとばかり賢いんじゃよ、という考え方

 ムチムチとちょっと似ている。

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