18. ユーザー満足度を決める4つの法則 後編


 前編では、利用者の満足度を左右する、↓の4つの法則を見てきました。


・『プロは乗算』 ―― 落第が1つでもあると、無価値(0価値)と見なされる

・『ピークエンド効果』 ―― 評価は、最大と最後の平均である

・『初頭効果と終末効果』 ―― 最初と最後が印象を決める

・『期待値バイアス』 ―― 満足度は期待値との差


 後編では、これらの法則を踏まえて、クリエイターとしてどのような心掛けをするべきなのか、深堀して考えていきたいと思います。


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●1.アマチュアは加算、プロは乗算


 プロの世界では1か所でも落第点があると、全てが落第とみなされるというこの法則ですが――比較的、昨今のゲーム業界などでは強く意識されていることだと思います。

 ソーシャルゲームの雄である『Cygames』などは、品質に妥協を許さぬ『最高のコンテンツを作る会社』であると看板を掲げていますし、リスクを回避したいのが業界全体の世相なので、とかく欠点は排除されがちです。


 ただ、困った面も生じています。

 3月頭にYahooのトピックスにも挙がっていたと記憶していますが、何でもかんでも最高品質を求められるようになって、現場が疲弊しているというのです。

 特に、ソーシャルゲームのガチャ周りは地獄で、たくさんのキャラクターを用意しなければならないのに、品質にこだわりすぎると月に数体しか用意できないとか。


 そう、『Cygames』『任天堂』のような資金が潤沢にある大手であれば、あるいは〆きりの概念があまりないアマチュアの世界であれば、全てを100点満点まで仕上げることができますが、並みの開発費・スケジュールではどだい無理。


 そこで、思考の転換。『プロは乗算』の法則では、落第点を1つでも取ってしまうとアウトですが、一方で、落第点でなければ満点でなくとも次につながるという逃げ道も、用意されています。


 つまり、落第になるかどうでないかのボーダーラインを見極め、勝負所では100点を目指し、そうでないところは落第点にならないギリギリのポイントを捉えればよい。

 クオリティ管理者(ディレクターとか、各部門のチーフとか)が、落第点がどこなのかを見極めクオリティをコントロールする必要があるということです。(※1)


 こんな逸話があります。

 宮崎駿監督、スタジオジブリの『もののけ姫』といえば、アニメファンならば誰もが知っている不朽の名作。当時(1997年)の日本映画界の最高収入(193億円)を塗り替えた作品ですが、制作終盤まで【自社スタジオ内で制作】【クオリティ】にこだわりすぎる余り、制作に致命的な遅れが生じていたそうです。

 このままでは、夏の映画公開予定にはとても間に合わない。

 そこで、最後は【リテイクをする基準を緩め】【追加でより多くの社外スタッフにヘルプを頼む】という苦渋の選択をしたそうですが、それでも映画は屈指の大ヒットとなりました。

 クオリティに妥協があったなどと、傍目にも気づかれませんでした。(※2)


 近年では、某著名な国産ロールプレイングゲームで、『端役のおにぎり』のグラフィックにも、最高のクオリティを求めたことも話題になりましたね。

 リテイクを繰り返す工程が一般公開されたわけですが、どちらかというと『無意味なこだわりである』と否定的な反響が多かったように記憶しています。


 最高品質への努力は、お客さんが求めているポイントで行えばよい。

 お客さんが求めていないところまで最高品質のグラフィックを作りこんでしまうことを、【1セントのコイン】現象と呼ぶそうです。(※3)


 落第点が生じてしまうのはプロ失格だけど、力の入れどころを間違えない。あるいは、適切な努力量で最善のコストパフォーマンスを目指すというのも、プロの条件というわけですね。


 ちなみに落第点のラインを見極めるには、自分たちが扱っているジャンルに関する様々なサービス・コンテンツを、自らの舌で味わい、巷の評判と照らし合わせる。

 鑑識眼を鍛えるのが最短の方法であると、私は考えます。


 クリエイターでなくとも、常に様々なアニメなどを見続けていると、一目見ただけで、【この作品はヒットしそうだ!】と感じ取れるようになりますが、それをさらに徹底的に行うわけです。


 ↑のような経験と観察で得られる確かな知見を、『質的研究』といいます。(※4)

 『質的研究』は、色々語れる、深いキーワードですので、別の機会で触れたいと思います。


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●3.初頭効果と終末効果


 昨今のエンタメ業界でより幅を利かせてきたのが、この物事の『始め』と『終わり』が印象に残るという、初頭効果と終末効果。

 特に、初頭効果=つかみの重要度がいや増してきました。

 これは、『サンクコスト』という概念で説明できます。(※5)


 たとえば、1800円のチケットを購入して映画館に入ったとします。

 しかし、観始めた映画はつまらなかったとする。

 かといって、人はすぐに、映画館を立ち去るでしょうか?

 いいえ――ひょっとしたら、面白いラストが待っているかもしれない。

 それ以上に、『1800円払ったのだから、途中で退場するのはもったいない』という、サンクコストの意識が深層心理に発生するので、大多数のお客さんは渋々、最後まで映画を観ます。


 これとは対照的に、昨今では、『基本無料』のサービスが増えてきました。

 化粧の試供品に、ソーシャルゲーム、WEBコミック、地上波アニメ――そして、カクヨムや小説家になろうもそうですが、これらは基本無料です。

 タダで手に入った物だから、サンクコストは生じない。むしろ、食指が動かない作品に拘束されて、無為に思える時間を過ごす方が苦痛なので、少しでも気に入らなかったらすぐに利用者は使用をやめます。(いわゆる1話切り)


 とくにソーシャルゲームなどは、『どこで終わりにするかはユーザーの気分次第』なわけで。いつエンディングを迎えるかわからない――終末効果の生じる場所が断定できない。

 てなわけで、残された初頭効果――ゲーム冒頭に注力せざるを得ない。

 最高の『つかみはOK』を実現し、ユーザーの印象を良くして、サービスに繋ぎとめることが命題となるでしょう。


 あるいは、行動値を消費して進めるタイプのゲームで、最もプレイを休止する可能性が高いといえば、行動値が尽きた時でしょう。

 そこで、ログインボーナスよろしく、『行動値を使い切ったボーナス』を1日に1回配布すれば、達成感とともに大満足の状態でその日のプレイを終えてもらうことができそうです。


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●2.ピークエンド効果


 ユーザーの満足度は全てのシーンの平均ではなく、もっとも盛り上がった場面に大きく左右されるというのがこの法則です。

 そして、お客さんが満足するとしたら、2つのケースが考えられるでしょう。


1:圧倒的なクオリティ――想像を超える高品質のサービスを受けられた

2:予想外の感動――他にはない目新しい体験があった


 日本のエンタメ業界が追及してきたのが、主に『1:圧倒的なクオリティ』です。

 ただ、これには、【1.アマチュアは加算、プロは乗算】で触れたとおり致命的な弱点を抱えます。

 最高品質を追及するには、潤沢な開発資金と、相場の数倍に至る開発リソースが必要。それが可能なのは、『Cygames』のような超大手だけであり、もはや札束での殴り合い。中堅以下の規模の開発チームではとても太刀打ちできません。


 それに代わる対策として、人気IP――つまり、『有名な原作つきゲームを作るなり、コラボしてなんとか切り抜けよう』という作戦が、ここ2・3年のトレンドとなっていますが、これも財力のある大手が有利ですし、他にも落とし穴があるのですが、後述します。


 むしろ、今後、率先して考えていかなければならないのは、後者の『2:予想外の感動――他にはない目新しい体験』。他者と差別化できている、潜在的なニーズを発掘するような新商品の開発ではないでしょうか。

 【前例がないことはしたくない症候群】にかかっているのが日本のエンタメ業界で、新しいことを仕込むのは難しく、これはこれで茨の道なわけですが。

 でも、だからこそそれらを乗り越えた者こそ、次の新しい成功者になりえるのでしょう。


 幸い、ラノベには『カクヨム』や『小説家になろう』が、コミックには『WEBコミック』や『週刊雑誌』があり、新人発掘や新しい挑戦を安価で行える場があります。

 ここから新しいムーブメントが生じるであろうことは、想像に難くありません。(※6)

 ただ、日本のゲーム業界はね……。同人業界と、商業市場が分断されていることもあって、意欲的な作品が現れても商業ベースに乗せるのが難しい。


 かように、プロのゲーム市場で新しい体験を提供するのは、難しくなっているというのが私の見解なわけですが。それでも、新しい取り組みをするのであれば、企画立案の初期段階からそのアイデアを盛りこむ姿勢が不可欠だと思います。

 新しいことを行うには、実験するための開発費・スケジュールを織りこみ済みで、プレゼンテーションを通過させなければなりませんからね。


 以前、企画の立て方にまつわる『コンセプト』と『セールスポイント』について、解説コラムをアップしましたが、↓


◆4.『コンセプト』と『セールスポイント』◆

◆5.『コンセプトワーク』大作戦! 前編◆

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888998169/episodes/1177354054889038131

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888998169/episodes/1177354054890815215


 これらの工程のうち、遅くとも【商品コンセプト】の段階までには、他者に負けないピークエンドを迎えるにはどうしたらいいか、考察を終えておく必要があるでしょう。



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●4.満足度は期待値との差


 期待値を上げすぎると、満足度を上げる障害となるという法則です。


 いうまでもなく、この法則が最も影響するのは、広報・宣伝するときでしょう。

 広告で盛りすぎると、後のがっかりの原因となる。

 先述の通り、今のエンタメ業界は基本無料で、サービスを気に入った人に課金してもらうスタイルが主流です。よって、いくら見栄えの良い広告でつくろって人を集めても、満足度が下がるのであれば、購入の動機にはつながらず、何ら成果も実りません。

 集客を担当するスタッフと、利用者の満足度を測るスタッフが別である場合に、ヤリがちなミスですね。


 さて、もう1つ私がこの『4.満足度は期待値との差』の法則が強く影響するのは、IP作品――いわゆる【原作付きの作品】を取り扱う時だろうと考えています。


 なぜなら、原作という壁が先行してあるからです。


 原作として取り上げられるからには、おそらくその原作はクオリティが高い人気作。これから貴方が作るものは、イヤでもその原作と比べられるわけです。


 つまり、原作という100点満点のお手本があり、貴方は原作者でものないのに作品のテイストを完璧に再現しなければならない。

 ユーザーは、あの人気の『●●』のゲーム版だから、原作の再現をできて当然だと考えているわけで、それが果たされなければ不満を抱きます。

 なぜなら、ユーザーの期待値=完全な原作再現ですから。


 でも、俺は原作者じゃないよ。なのに原作レベルに面白さをトレースする?

 それって、無理ゲーじゃない?


 もっとも、従来の原作のアニメ化・ゲーム化などであれば、なんとかなります。

 『原作ではわき役だった、あの美少女にスポットを当てる』

 『原作の先生描き下ろしの新キャラが登場』

 『原作のifストーリーが楽しめる』

 といった、原作にないセールスポイントの作りようがあるからです。


 地獄なのは、今、流行りのコラボキャンペーンですね。

 キャンペーンというからには、おそらくそのコンテンツの本筋に組み込んだものではなく、一時的な、本当に『おまけ』の要素。

 たかが『おまけ』のために、特別な仕掛け・システムを組みこむこともできないでしょう。結局、原作に及ばない点を指摘されて、ユーザー満足度を落とすのが関の山。


 集客力という点において、コラボキャンペーンは優秀な施策の1つなのでしょうが、ユーザー満足度という点においては大きな障害になりうるのです。


 コラボキャンペーンはいわばチラシであり、消耗品。(※7)

 コンテンツ本筋の魅力度アップには、貢献できなさそうです。


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 さて、ここまで僭越ながら、ユーザー満足度の問題と絡めて、日本のエンタメ業界の抱える傾向や問題点を挙げさせていただきました。

 我ながら、特にゲーム業界に対しては、辛口批評ですね。

 ただ、これは間違いなく、私の本音です。

 今後、ゲーム業界で新しいムーブメントを起こせるとしたら、『Cygames』『任天堂』『セガ』といった大手でチャレンジブルな社風が残っている企業か、インディーズが主体になるのではないかと考えています。


 願わくは、そんな矮小な私の予測を裏切ってくれるような新しい名作が、これからも生まれてきますように。(- 人 -)。


 一応、作画技術ではなく、キャラクターの設計理念で、新しいしずる感のあるコンテンツを作る理論なぞを別途、投稿していますので、そちらもよろしければご覧ください(宣伝)。


◆ (前略)優れたキャラクター設計に必要な工夫を考えてみる ◆

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888713584



(※1)

 より正確に表現をすれば、イラストレーターやライターなど実作業をする人は、常に全力で仕事をする必要がある。でも、死力を尽くしても、テストでいつも100点を取れないのと同じように、60点70点までしか取れない。(この辺りは、環境や個人の技量による)

 よって、クオリティ管理者は、得点を上げるために修正依頼を出すべきかどうか? 修正するとしたらどのくらいの得点アップをすれば落第を避けられるか? スケジュールは大丈夫か? などの判断を即座に下さなければならない。

 なんでもかんでも100点を取るまで修正をさせるようでは、現場がもたないよ。という考え方です。


(※2) 一連のやり取りは、後に公開されたメイキング映像で明かされました。


(※3) 1セントのコイン

 テーブルの隅にある、コインの画像に完璧な陰影をつけても、何ら意味が無い。

 視聴者の感動にはつながらず、製作者の自己満足に終わる。

 アニメ制作会社であるピクサーが出典の教え。


(※4) 『質的研究』

 調査研究方法の1つで、『量的研究』と対になる研究法。

 『量的研究』が過去にあったことを統計学を用いて分析する一方で、『質的研究』は観察や理論を積み重ねて未来を予想することに向いている。

 『質的研究』、『量的研究』どちらも重要だよという話。


(※5) サンクコスト

 埋没費用。作業を止めても、取り戻せないコストのこと。

 映画館に入るときに買ったチケット代がこれにあたる。(途中で退館しようと、最後まで映画を観ようと、払った1800円は絶対に返ってこない)


(※6)

 似たようなシステムとして、ハリウッドの映像作品では1話だけ制作するというスタイルが一般化しているそうです。

 1話だけ作って公開し、評判が良く、スポンサーがつくようであれば、引き続き2話以降も制作を続ける。つまり、パイロットフィルムを用いた手法。


(※7)

 チラシや雑誌の広告は、掲載されておよそ3日しか効果がないとされています。

 バナー広告はもっと、寿命が短いでしょう。ページを移動したから画像は消えちゃうし。だから、消耗品なのです。

 (だからこそ、バナー広告は一定期間、掲載し続けるようにお願いするわけですが)

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