◆2020年度 後半◆

19.思い出せないとしたらザンギエフ

 ジャンプ放送局に、かつてこんな投稿が採用されました。

 『ストⅡの8人で思い出せないキャラがいるとしたら、きっとそれはザンギエフだ!』(うろ憶えなので意訳)


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 ジャンプ放送局といえば、国民的コミック雑誌『週刊少年ジャンプ』の巻末に1995年まで掲載されていた、人気の読者投稿コーナー。

 ハガキ職人から投稿された、優秀なギャグを発表。コーナーの名前を変えつつも、2017年までシリーズが続いた、ジャンプが誇る名物読者参加企画でした。


 そして、ストⅡといえば、こちらも対戦格闘ゲームの金字塔。

 ストリートファイターⅡのこと。上記の『~ザンギエフ』の掲載があった当時は、ちょうどスーパーファミコン版のストⅡが発売され、同作の爆発的なブームが招来していました。


 元祖ストⅡで選べるキャラクターといえば、リュウ、ケン、E・本田、春麗、ガイル、ブランカ、ダルシム……の合計8人。あれ、でも、一人足りないぞ? (※1)


 え、ええと……ああ、やっと、思い出した! ソ連代表のザンギエフ……だ!


 そう、ザンギエフは、名前が長くて覚えにくいのです。

 その上、接近して相手を投げないことにはどうしようもない、玄人向けのキャラだったため、どうしても敬遠されがち。

 かつ、初代のストⅡでは、ぶっちぎりの最弱候補――不人気キャラという当時のゲーマーたちの哀しい共通見解。あるあるネタを踏まえたのが、上記の『思い出せないとしたら、ザンギエフ』だったのです。


 さらに、もう1点注目して頂きたいのが、『プレイヤーが操作できるキャラクターが8人もいると、なかなか全員の名前を覚えきれない』という価値観も共有されていたということです。


 そう、当時のゲーマー感覚では、8人は多かったのです。

 だからこそ、国民的コミック雑誌である週刊少年ジャンプでも、このネタが採用されたわけで。


 翻って、昨今の対戦格闘ゲーム界隈はどうでしょう?

 個人差はあるでしょうが、おそらく操作可能なキャラクターが20人を切っているだけで、『選択肢が少ない!』という不満の声が出てくるのではないでしょうか。


 8人でも多かったはずなのに、今や20人でも少なく感じる。

 これが人間の持つ感性というものの面白さであり、かつ要注意なところです。


 先日の投稿、『1.コロンビア大学のジャムの実験』

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054888998169/episodes/1177354054888998217

 で、触れたとおり、人間が一度に覚えられる要素数は5~9個(振れ幅は個人差)と言われています。

 いわゆるマジックナンバー7±2と呼ばれる法則で、もっと数は少ないのではないかという説もありますが、ともあれ一度に多くの情報を見せられると、人間は拒絶の心理が働くといわれています。


 そういう意味でも、初代ストⅡの8人という数字は理にかなった――あるいは大衆に受け入れられるギリギリの数だったといえます。

 でも、人間には慣れというものがあります。


 格闘ゲームに慣れたプレイヤーは、8人という選択肢では物足りなくなり、ゲームの開発メーカーもその要望の声に応えて――ということが繰り返された結果、今や『対戦格闘ゲーマーにとって、プレイアブルキャラが20人30人いて当たり前』という認識になってしまいました。(※2)


 一方、あまり格闘ゲームに馴染みがない人にとって、コインを投入した後すぐに、数十人ものキャラクターアイコンを見せつけられたら、それ自体が『ごちゃごちゃしてて面倒くさそうな』障害になりかねません。


 かねてより、対戦格闘ゲームは初心者にとっては近寄りがたいジャンルであるといわれていますが。この導入部分でのキャラクターの選択肢の多さも、一因になっている気がします。(※3)


 実は、この『慣れ』という要素。

 他のジャンルの開発現場でも、厄介な問題だったります。


 たとえば、私はかつて美少女ゲーム業界でディレクションをしていましたが、いわゆる納品されたイラストのクオリティチェックをさせてもらうことがあります。

 が、同じようなイラストをずっと眺めながら欠点を探し続けていると、ある瞬間から、客観視がしづらくなり『今気づいた問題点が、些細なものなのか、スルーしてはいけないものなのか』さっぱり、判断ができなくなるのです。


 業界人と話すと、似たような経験をしている人も多いようです。


 例えば、ゲームのテストプレイや、デバッグ。根を詰めて長時間プレイすればするほど、一般人の感覚から離れてしまい、取るに足らない些細な問題までスルーできなくなることがあります。


 シナリオをチェックすればするほど、読者が気付かないであろう違和感でも、修正せずにはいられなくなります。大勢のキャラクターを眺めているとセンスが麻痺してしまい、必要以上にキャラクターを並べてしまうことも。


 ある種の錯覚、ゲシュタルト崩壊のようなものだと考えていますが、厄介なのが、勤勉で作業に長時間打ちこむ人ほど、この罠にかかりやすいことでしょう。(※4)

 一つの作業に没頭することはいいですし、一つのゲームジャンルを愛するのも素晴らしいこと。でも、それを続けるとまるで催眠術にかかったかのように、客観視が難しくなる。


 この恐ろしい罠は、念頭に入れておくことに越したことはないと思います。



(※1) ストⅡで選べるキャラは8人

 隠しキャラの四天王(バイソン、バルログ、サガット、ベガ)を入れると12人だが、あくまで隠しキャラであり操作できなかったため、8人で正しい。


(※2) 余談ですが『大乱闘スマッシュブラザーズ』も、操作できるキャラが多いゲームの代表格ですが――マリオ、ルイージ、ソニックなど、ゲーマーだったら義務教育的な人気キャラが大勢いるから、何とかなっていると考えています。

 ゴチャゴチャと群れたキャラの中でも、『見知った顔から選べる』ことで、多すぎる選択肢から吟味しなければならない煩わしさを抑えているわけです。

 あれがもし、まったくのオリジナルキャラクターだけだとしたら、誰もついていけないでしょう。


(※3)

 これらの選択キャラの多さの対策としてか、人気格闘ゲームシリーズの最新作であり、鋭意制作中の【GUILTY GEAR -STRIVE-(ギルティギア・ストライブ)】では、登場キャラを『バランス』『スピード』『パワー』『トリッキー』のブロックに分けて並べて、選択させている模様。

 これは、チャンクと呼ばれる手法で、多くのものを表示した際でも視認性を上げてくれる、非常に有効な手です。


(※4) ゲシュタルト崩壊

 同じ文字(漢字が顕著)を見続けていると、ある瞬間から各部首がバラバラに見えてしまい、本当にその文字がその形で正しかったのか分からなくなること。

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