20. 報酬の与え方の基本を学ぶ

 『報酬』という言葉を聞くと、皆さんはどのようなイメージを抱くでしょうか?

 モンスターを討伐したときに貰える、成功報酬?

 毎月、お父さんがもらってくる、安月給?

 テストで100点を取った時にもらえる、ご褒美?


 実はこの『報酬』という概念は、心理学でもとても重要で、


・人をやる気にさせる

・プレイヤーがのめり込めるゲームのルールを定める


 時などに、とても重宝する知識でもあります。

 そこで今回は報酬にまつわる、特に代表的な4つの与え方をご紹介。

 基礎的な作法を、抑えていきたいと思います。


 そもそも、心理学の現場で、報酬という単語が良く出てくるのは、『オペラント条件づけ』という学習方法を用いた場合です。


 この学習方法を一言でいうと、『報酬や罰を与えることで、相手の行動確率を変える』ことを指します。たとえば、


・息子がテストで100点を取ったのでご褒美を上げたよ→ますます勉強するように

・ゲームでレベルアップしたら敵を簡単に倒せるように→もっとレベルアップに励むようになったよ

・好感度を上げたらデートイベントが発生→もっと好感度を上げちゃうよ

・イタズラをした弟を叱った→弟はイタズラをしなくなった


 このような感じ。相手の行動に対し、報酬や罰を与えることで、次回の行動を起こす確率を変化させる。この学習方法こそ、『オペラント条件づけ』といいます。

 つまり、報酬と罰を的確に与えることで、相手をやる気にさせたり、望ましい行動を起こす確率が上がるように仕向けるわけです。


 ゲームのルールは、いわばこの報酬や罰の塊といえます。

 『中ボスを倒したら、新しいストーリーが解放される(報酬)』から、プレイヤーは苦労して、敵を倒すための試行錯誤をします。

 『パーティが全滅すると所持金が半分になった(罰)』から、プレイヤーは全滅を避けるようになります。


 よって、報酬と罰をマスターした者こそ、プレイヤーの情緒をコントロールできる。面白いゲームルール・バランスを実現できるといっても過言ではないわけですが、報酬と罰の与え方――これを『強化スケジュール』と呼びますが、この与え方によって相手のやる気アップ量が、変わることが分かっています。


 今回は、そんな様々な強化スケジュールのパターンの中でも、入門編ということで4つに絞って、ご紹介します。


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●1.定間隔スケジュール (別名:固定時間間隔強化)

 定められた一定の時間ごとに、報酬を与える方法です。

 対象が行動している必要がありますが、その回数は問いません。

 例えば、月給がいい例です。就業規則を守って勤めてさえいれば、毎月、定められた日に、定められた口座に固定給が振り込まれるわけですから。

 ゲームでは、ログインボーナスが該当するでしょう。

 (アプリを1日1回起動していれば、必ず貰える)


●2.変間隔スケジュール (別名:変動時間間隔強化)

 不定の時間ごとに、報酬を与える方法です。

 時間が経つと報酬が与えられますが、その時間が一定ではありません。

 日常生活においては、行列のできるラーメン屋に並んで、美味しいチャーシューメンにありつけた場合がこれにあたります。

 (行列の長さによって、報酬を得るまでの時間が変わる)


●3.定比率スケジュール (別名:固定反応率強化)

 決められた行動回数をこなせば、必ず報酬が与えられる方法です。

 日常生活においては、出来高払い性の仕事が該当します。契約を1件まとめると、5万円のボーナス。内職の造花を1本作るごとに、3円の収入。といった具合ですね。

 ゲームにおいては、特定のモンスターを10体倒したら成功報酬がもらえる、ようなイベントが該当します。


●4.変比率スケジュール (別名:変動比率強化)

 行動に対して報酬を与えますが、その行動回数が一定ではありません。

 1回のチャレンジで報酬を得られることもありますが、10回挑戦しても得られないこともあります。

 変比率スケジュールの代表例は、ギャンブルです。運不運によって、大当たりまでに必要な回数は変わりますからね。

 ゲームで例えれば、『敵を倒した時に、低確率でドロップするレアアイテム』が該当します。また、プレイヤーが『排出率が低い、レアキャラのゲット』のみに目標を絞った場合のガチャ引きや、トレーディングカードもこれに当てはまります。


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 以上、4つの報酬の与え方を見てきましたが、前述のとおり、それぞれ特徴――やる気のアップ度合いが変わります。

 さっそく、それぞれの長所・短所を見ていきましょう。



□1.やる気の強化幅

 やる気の強化がもっと大きいのが、『3.定比率スケジュール(一定回数で報酬ゲット)』。次いで『4.変比率スケジュール(ランダム回数で報酬ゲット)』であるといわれています。

 どちらも時間経過ではなく、行動回数に紐づけされている学習法ですね。

 オレはやるべきことをやった、だからご褒美にありつけたんだ――と、実感できた方が、納得できるし、行動を起こす理由づけになる、と考えれば当然の帰結でしょうす。


 ちなみにワーストは、『2.変間隔スケジュール(ランダム時間後に報酬ゲット)』。

 『1.定間隔スケジュール(一定時間後に報酬ゲット)』は、それよりは強めに強化できますが、報酬を与えた直後はやる気をなくしがちというデメリットを孕みます。報酬がもらえるのはずっと先だし、そのタイミングもわかっている。今はサボっちゃえばいいや――という、甘えの誘惑が発生するようです。



□2.やる気強化の継続度

 やる気の強化量も重要ですが、もう1つ注目しておきたいのが、効果が長続きするかどうかです。

 長続きする報酬の与え方となると順位が入れ替わり、『4.変比率スケジュール(ランダム回数で報酬ゲット)』がダントツで、優秀であるとされています。

 もう1回挑戦したら報酬が出るかもしれない。あ、ダメだ、でも次こそは――と、焦らされるうちに、期待が高まってしまう――没入感が増し、報酬の効果を長続きさせる働きがあります。


 この手法の代表格は先述の通り、ギャンブルや、ガチャ、低確率ドロップアイテムです。

 ギャンブルや、ガチャは依存症との関連が社会的に問われることもありますが、まさに、まさに。よく言えば『遊びにハマり、熱中しやすくする』。悪く言えば『依存症を起こしやすい』報酬の与え方がこの、『4.変比率スケジュール』なのです。



□3.報酬を与え忘れた時のダメージ

 報酬を与えられるつもりで頑張ったのに、何も貰えなかったらガッカリしますよね。

 特にこの傾向が強いのが、『1.定間隔スケジュール(一定時間で報酬ゲット)』と『3.定比率スケジュール(一定回数で報酬ゲット)』です。

 どちらも『いつ報酬が与えられるか相手にわかってしまう』報酬の与え方です。

 ご褒美を与えるタイミングを知らせておきながら、その約束しておいて反故にしたのならば、そりゃ相手は不満を抱きますよね。


 ただ、この報酬を与えるタイミングを約束するというのはメリットでもあって、分かりやすいゴール=目標になる強みを備えています。

 『こうすれば確実にご褒美を上げるよ』と条件が明快になっていれば、人間はそれを目指して、頑張れますよね。


 特に、ルールが良く分かっていない初心者や、モチベーションが低い相手に対しては、『1.定間隔スケジュール』や『3.定比率スケジュール』で。

 報酬=小さな目標を1ずつ達成させてくことが、積極的な行動を引き出せる有効な手になります。(※1)

 ドラゴンクエストなどのRPGは、レベルアップの条件(必要な経験値)を明示していますが、それも同じ理屈だといえるでしょう。(※2)


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 以上、4つの強化スケジュールの長所・短所を見てきましたが、最強の報酬の与え方を1つ挙げよと問われれば、『4.変比率スケジュール(ランダム回数で報酬ゲット)』で間違いないでしょう。

 やる気の強化幅が2番目に高く、最も効果が長続きする。

 『ハマるゲーム』を作るのであれば、ぜひ採用したい手法ですが問題がないわけではありません。

 前述のとおり、ギャンブルや有料ガチャなどの射幸感を煽る手段としても『4.変比率スケジュール』は使われており、ダーティなイメージがつきまとう。

 依存症の原因ともなるため、ともすれば不健全な仕組みに見られがちなのです。


 この問題点を上手く消化しているのが、皆さんご存じ、艦これこと『艦隊これくしょん』です。プレイした方ならご存じかと思いますが、ゲームシステムが『4.変比率スケジュール』を用いた報酬の塊なのです。


 艦これの一番の目標といえば、敵を倒してカワイイ女の子キャラ(艦娘)をゲットすること。

 しかし、このカワイイ女の子が入手する方法は、『戦闘に勝利したときに低確率でドロップするアイテム』と呼べるもので、こうすれば必ず100%獲得できると保証されている娘はあまりいません。(※3)

 『この区域で登場する場合がある』『こういう艦隊を組んだ方が、目的の場所に移動しやすい』という目安はありますが、あくまで確率の問題で、参考程度。

 また、艦隊を出航させると戦闘も航路の決定も、ほぼ自動で行われるため、プレイヤーが関与する要素があまりありません。


 ガチャの排出や、宝くじの当選番号の発表を待つような心境に居たり、まさに射幸心をあおるギャンブルと同じような仕組みが中核にあります。

 にもかかわらず不思議なことに、艦これはリリースされていた当時から、ユーザーのお財布に優しいゲームと称されていました。


 ギャンブルと同じく、『4。変比率スケジュール』を用いた射幸心バリバリのゲームシステムなのに、なぜここまで印象が変わるのか。理由は2つ考えられます。


 まず、課金と、射幸心をあおるゲーム要素が直接は、結びついていないこと。

 ソーシャルゲームで課金要素といえば、『ガチャを引く権利の獲得』が定番ですが――これは、『4.変比率スケジュール』を使って起こした射幸心の塊(ガチャの景品)であり、課金とが直接結びついている状態といえます。


 対して、艦これにも課金要素はありますが、ゲームをプレイしていてもおよそ手に入るアイテムが、追加で手に入るという形が大半です。

 その結果、ゲームが有利に進められるようになり、お目当てである女の子キャラも集めやすくなるのですが、射幸心をあおる部分に至るまでにはワンクッション置いています。


 また、艦これでは、課金で手に入るアイテム自体は、価値が固定されていることも特徴です。(例:●●の資材が固定量手に入る)

 課金=ガチャだと、プレイヤーの運不運によってどうしても価値に変化が生じるものです。『500円使ってガチャ引いたのに、100円の価値もない外れキャラを引いちゃったよ』というような、当たり外れがあり、リアルマネーを損した、得したという心象が生じます。

 そのお金の元は、日ごろの勤労の成果であるお給金から出ているわけで――それが、無駄になったとしたら、イライラして当然ですよね。


 つまり、こういうことです。

 有料ガチャや、ギャンブルは射幸心をあおるから不健全だ、という意見をよく耳にしますが、正確な表現とはいえません。(※4)


 問題なのは、射幸心をあおる部分と、課金部分が直結していることなのです。


 この違いはとても重要です。

 WHO(世界保健機関)が定める診断基準ICD-11で、2022年より、ギャンブル依存、ゲーム依存(ネット依存も含む)が正式な疾患として運用されることが決まっています。

 日本の一部の都道府県ではその流れに先駆けて、『ゲームは1日1時間まで』と条例で定める流れまで出始めています。


 場合によっては、今後、依存度が高く、不健全とレッテルを貼られがちな有料ガチャや、ギャンブルも規制を受けるでしょう。でも、不健全とみなされるのは、課金と射幸心を与える部位が露骨に紐づけされている仕組みであって、1つクッションを挟めば、大丈夫。(※5)


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 最後に、艦これついでに、『艦これアーケード』についても触れたいと思います。

 2016年にセガからリリースされ、全国のアミューズメントセンターを救ったといわれるほど大ヒットした本作、『艦これアーケード』。

 ですが、実は原作とは違って、100円硬貨を投入すると追加で女の子キャラを手に入れられる(ただし誰かは手に入れるまで分からない)、という有料ガチャに近しいシステムを導入していました。


 上記の通り、本来であればこの手法は、課金と射幸心を結びつけてしまう危険な手です。ユーザーの不満、不健全なイメージの源泉になりかねません。

 でも、艦これアーケードは以下の2つの方法で、それを回避しました。


 まず、女の子を手に入れると、必ず実物のカードとして排出すること。

 紙や印刷には、お金がかかるものだから100円位払うのは仕方ないかなと、ユーザーに納得させることに成功しました。


 もう1点、『艦これアーケード』ではルールを変え、プレイヤーが操作できる部分を増やし、テクニック次第では不運をかなりカバーできるようになりました。

 有料ガチャを採用こそしましたが、『4.変比率スケジュール』を用いた射幸心をあおる報酬の与え方を、ガチャ以外の部分では弱めたわけです。

 つまり、原作『艦これ』も、『艦これアーケード』も、射幸心の総量は変わっていない。どちらも報酬を適切・適量にとどめている。依存させすぎない。だからどちらもユーザーに好意的に受け入れられたのでしょう。


 このように報酬の与え方=強化スケジュールをマスターするということは、ゲームの面白さ、熱中度だけでなく、課金する理由づけや社会への見え方もコントロールできることも意味します。

 長くなりすぎたので、延長戦と称し、後日、もうちょっと補足しますね。


■最後に改めて、報酬の与え方をまとめる■


〇やる気の強化が大きい方法:

 『3.定比率スケジュール(一定回数で報酬ゲット)』『4.変比率スケジュール(ランダム回数で報酬ゲット)』

 行動にご褒美が紐づけされていた方が、やる気が高まる。


〇強化の継続時間が長い方法:

 『4.変比率スケジュール(ランダム回数で報酬ゲット)』

 ただし、↑は依存症の原因となりやすい。


〇やる気のない人に対して有効:

 『1.定間隔スケジュール(一定時間で報酬ゲット)』『3.定比率スケジュール(一定回数で報酬ゲット)』

 目標が明示されていると、頑張れるよね。



(※1)

 この小さな目標をマイルストーン。また、階段を1段ずつ上るように、優しいものから順番に目標を与えてゴールに近づけていく手法を、シェイピング法といいます。

 新人や、自信を無くした人、ゲームに初めて挑戦する初心者には特に、有効な報酬の与え方だといわれています。


(※2)

 登場する敵は乱数要素が入るため、レベルアップにかかる時間や、戦闘回数は個人差があります。でも、あるいはだからこそ、【経験値がこれだけたまったら、必ずレベルアップのご褒美があるよ】と不動の目標を提示するのが、大事となります。


(※3)

 あまりないのであって、中には、この期間限定イベントを攻略したら必ずゲットできる――というような例外もあります。


(※4)

 射幸心=課金や賭け事と捉えられがちですが、これは不完全な理解です。

 『思いがけない幸運や利益を望む心境』が射幸心です。

 たとえば、

 『小説コンテストに自信作を応募した! 結果は……?』

 『誕生日プレゼントに、ゲーム機が欲しいと願う子供の気持ち』

 これらも射幸心の一種でしょう。


(※5)

 だといいなぁ(願望)。

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