3.『コンセプト』と『セールスポイント』

 ―― 『コンセプト』と『セールスポイント』の違いを丸裸に! ――


 コンセプトに、セールスポイント。

 ビジネスを志さずとも、誰しもが一度は聞いたことがある言葉ですよね。


 私も14年間、ゲーム業界にいましたが、企画書を拝見すると大体、この2つの項目が記されていたものです。


 ただ、たびたび、混同されて使用されるケースが、散見されました。

 例えば、『セールスポイントに、会社にとってこのプロジェクトを実施するメリットを記してしまう』とか。それ、本当にセールスポイント? コンセプトじゃなくて?


 というわけで、今回は、プロのクリエイターでも理解がアバウトにされることが多い、『コンセプト』と『セールスポイント』の違いについて検証してみたいと思います。


 まずは、辞書で、この2つの単語の意味を調べてみましょう。


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【コンセプト】

 概念、考え。本来哲学用語だが、美術、音楽、服飾、広告などの分野でも、新しい観点・着想による考え、主張の意で使われる。


【セールスポイント】

 商品を売りこむ際、客に強調すべきその商品の特徴や利点。


 ※大辞林 第三版 より


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 うーん、わかったようで、よくわかりませんね。

 『セールスポイント』は辛うじて、お客さんに向けてのメッセージか? というかみ砕き方ができる気もしますが、『コンセプト』については、もぉー論外。

「で、具体的にゃ、どーゆーことなんだよ!<#`Д´>」

 と、机を拳で叩きたくなる感じの、解説です。


 この辺りでスッキリしたいので、私なりの結論を述べましょう。


 ・コンセプト:社内の意思を統一するために、目標や目的、方向性を記したもの

 ・セールスポイント:社外の人間へ向けて、商品の特徴や利点を示したもの


 もっと、簡潔に違いをまとめれば、


 ・コンセプト:社内向けのメッセージ

 ・セールスポイント:社外向けのメッセージ


 モノづくり、エンタメの現場ではこれが一つの答えだと考えます。


 ※ 社内・社外の社という部分は、適宜、現場に合わせて、読み替えてください。




 ●検証1 メルセデス・ベンツの場合


 なぜ、社内・社外という部分を強調しなければならないか。実在の企業のケースを見ながら、ご説明したいと思います。


 メルセデス・ベンツといえば、ドイツのダイムラー社が所有する自動車ブランド。日本国内でも、ベンツは高級外車の代名詞として、広く知れ渡っています。


 さて、このメルセデスさんが発売する、乗用車のコンセプトはなんでしょうか?


 ある時期は、『ベンツの周りでは誰も死なせない』だったそうです。

 多くの方は、初耳でしょう。

 かるく検索した感じでは、インターネットにも載っていませんでした。


 我々がベンツに抱くイメージといえば、『高級外車、持っていること自体がステータスになる』であり、次いで『丈夫である』辺りではないでしょうか。


 そう、これがコンセプトと、セールスポイントの差なのです。

 コンセプトは、必ずしも社外のお客さんに知らせる必要はありません。


 むしろ、セールスマンから、「わが社の車の売りは、【ベンツの周りでは誰も死なせない】なんですよ」なんて聞かされたら、「??」とか「説明を求ム」という感情がわいてくるのではないでしょうか。

 あるいは、「死なせないなんて不可能だ」と、勘ぐってしまうかも。


 お客さんには伝わりづらいフレーズは、セールスポイントとしては不適切。

 だから、【ベンツの周りでは誰も死なせない】は、セールスポイントではありません。日本人にとって、ベンツの第1のセールスポイントはやはり、『持っているとステータスになる』なのです。


 ただ、このコンセプトと、セールスポイントがまったくの無関係ではないことにも、注目しなければならないでしょう。


 【ベンツの周りでは誰も死なせない】というコンセプトの元、ベンツの車は、安全性と、頑強さに重きをおいて造られました。海外では銃を使った犯罪もおこりますから、防弾ガラスを採用するなど、事故以外のアクシデントへの対策も怠りません。


 特に、世界の要人クラスは命を狙われやすいわけで、我が身や家族を守ってくれる安全なベンツの車を、とても重宝したはず。

 ならばと、ダイムラー社も要人の需要を読んで、内装を豪華にしていったことでしょう。


 結果として、要人が乗る車=高級外車というイメージが形作られる。

 【ベンツの周りでは誰も死なせない】というコンセプトが、新しいベンツのセールスポイントを生み出した瞬間です。


 このように、コンセプトとセールスポイントは違う存在ですが、根っこで繋がっている場合が多い――コンセプトをつきつめた向こうに、セールスポイントが生じることがある事実は、見逃してはいけないポイントでしょう。(※1)




 ●検証2 とあるソーシャルゲームの発表会


 もう1つ、悪しき例になるので具体名は挙げませんが、2016年に行われた【とあるソーシャルゲーム】の、メディア発表会のケースにつても考えてみます。


 そもそも、メディア発表会とはなにか?

 「こういう新サービス始めるの。記事にして、うまくお客さんに魅力を伝えてね」という趣旨で、マスメディア(※2)関係者を集めてお願いするイベントです。


 披露した情報は、最終的にお客さんの目に触れることになります。

 また、この件のメディア発表会は、オンライン生放送を行い全国に向けて、配信されていました。


 さて、このような状況の中、件のゲームは何をしでかしてしまったのでしょうか?

 なんと、新作ゲームの特徴の一つとして、『課金へのこだわり』という、トンデモワードを発表してしまったらしいのです。


 『課金』ですよ『課金』。

 そりゃ、生放送を観ていたユーザーからは非難囂々です。

 小規模ですがネット炎上したので、あえて私がここで挙げずとも、脳裏に該当タイトル名がよみがえった方もいるでしょう。


 そもそも、企業の目的は永続することです。だから利益を上げなければならないし、そのために『課金』方法に思索を巡らせるのは当然のこと。ただ、それをわざわざ、ユーザーに知らしめる必要はありません。


 また、『こだわり』という単語もしくじり対象です。今でこそ、「妥協せずに作った」という意味で好印的にも取られますが、元来は「取るに足らないこと、どうでもいいことに注力する頑固な姿勢」を指します。


 『課金へのこだわり』というお題目は、ネガティブなイメージに、ネガティブなイメージを重ねてしまった。お客さんに披露するには最悪のフレーズでした。


 ここでポイントなのは、『課金へのこだわり』という題目は、コンセプトとしては間違っていないことです。


 このフレーズを挙げた本意は「ソーシャルゲームの売り上げは、ガチャの比重が大きすぎる。不健全だ。これを何とかすれば会社の、最終的にはユーザーの利便性にも繋がるはずだ」という思いからだったようです。


 ええ、開発者の姿勢としては間違っていません。問題意識をチーム内で共有し、その解決に挑むのはとても貴重です。尊敬に値します。ただ、お客さんに伝えるのであれば、お客さんのメリットになるように言い換えなければならなかった。そういう仕組みを用意しなければならなかった。


 たとえば、「このゲームはお財布に優しい」と伝え、そう主張できるだけの根拠を示す必要がありました。


 この発表会は、『コンセプト』と『セールスポイント』を混同して失敗した、最悪の例でした。


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 検証2の事例で明白ですが、今回、『コンセプト』を社内向けのメッセージとしたのは、このような不幸を起こさないためでもあります。


 社会人の経験があればわかると思いますが、企業はユーザーの利便だけでなく、企業の都合も踏まえて、サービスを開発しなければなりません。


「シニア層の顧客を獲得する」

「新規スタッフのフレッシュな意見を取れて、斬新な商品を作る」

「今、流行の●●を取り入れて、究極の●●ゲームを作る」

 これらも立派な方向性――コンセプトですし(※3)、極論、


 「拝金主義! あらゆる手を使って、金を毟り取るんだ!」

 というのも、下品な手を使ってでも利益を上げるというのが社の方針ならば、コンセプトとして、成立しえます。


 でも、この内容をそのまま市場に訴えても、良くて「そんな話を、我々にされても……」と困惑されるか、最悪は「ケシカラン会社だ!」と炎上騒ぎになるだけです。


 だから、我々は、社外向けのメッセージとして、別途『セールスポイント』も考える必要があるのでしょう。


 あるいは、検証1のメルセデス・ベンツの例のように、まず『コンセプト』があり、それを徹底的に練り上げていった末に、『セールスポイント』が生じることも多いようです。


 以上が、私が、


 コンセプト:社内の意思を統一するために、目標や目的、方向性を記したもの

 セールスポイント:社外の人間へ向けて、商品の特徴や利点を示したもの


 と、定義した理由です。


 ときに、洗練された『コンセプト』は、セールスポイントに勝る好印象をお客さんに与えることもありますが、それは例外の範疇。

 本来、『コンセプト』=社内向けの情報である、という前提は、忘れない方がいいと思います。



 ただ、こんな偉そうに論じてなにですが、正直、コンセプトは難しいです。

 コンセプトにも『基本コンセプト』『商品コンセプト』『表現コンセプト』などなど色々、種類があります。またマーケッターの先生によって、同じ名称でも違う解釈をしていることがあるらしく……。


 この辺りは、チャンスがあれば後日、もっと具体的に触れるかもしれません。


※ 2019.8.31 公約の通り? 『基本コンセプト』をはじめとするコンセプトついての考察を投稿しました。↓のリンクからどうぞ!


 【7.『コンセプトワーク』大作戦! 前編】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888998169/episodes/1177354054890815215



 追記:

 冒頭で触れた、辞書による『コンセプト』『セールスポイント』の意味ですが、仮にモノづくりを職にするのであれば、こちらも丸暗記しておいた方がいいと思います。

 中には、辞書に載っている意味しか認めないという、諸先輩方がいるので……。



(※1) もし、【ベンツの周りでは誰も死なせない】というコンセプトと直接リンクする、セールスポイントをうたいたいのであれば、

 「あなたと、あなたの家族を守る7つの安全システム」

 「ライフスタイルに合わせて、オプション安全装置を追加OK」

 「国際●●安全カー大賞を受賞」

 というように、【誰も死なせない】根拠なり、噛み砕いた説明を示していくことになると思います。(当時のベンツのセールスポイントが、調べ出せなかったので、上記はあくまで例)


(※2) マスメディア

 新聞、雑誌、映画、TV局、Web情報系サイトなど、大勢に情報を発信する媒体のこと。

 

(※3)

「シニア層の顧客を獲得する」

「新規スタッフのフレッシュな意見を取れて、斬新な商品を作る」

「今、流行の●●を取り入れて、究極の●●ゲームを作る」


 例に挙げているこれらは、コンセプトの中でも『基本コンセプト』という、コンセプトの中でも最も、原始的な状態のもの。

 原始的ゆえに、これはコンセプトではない、コンセプトの成りそこないと評価する、専門家・現場もあるようです。(例えば、「テーマ」と言い換えたりする)

 郷に入れば郷に従えという至言があることですし、「チッ」と舌うちするのは心の中だけにして、その現場の流儀に従ってください。

 だから、コンセプトはややこしい。><

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