2.『左右と、敵味方の配置』
冒頭からいきなりですが、問題です。
【問】
あなたは、婚活パーティに参加しました。
おや、あなた好みの異性を発見!
しかも、相手の左右の席がちょうど空いています。お近づきのチャンス!
もちろん、お近づきになるだけでなく、好印象を相手に与えたいところですが、はたしてあなたは、右と左どちらの席に座るべきでしょうか?
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(シンキングタイム)
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【答】
相手から見て、右の席。
【解説】
人は自分から見て右側の人に、好意を。
左側の人に、敵意を抱きやすいことがわかっています。
なぜなら人間は、左側に心臓がついています。
そのため、左から近づいている者に対しては、「ワシのタマ取ろうとしとんのか? ワレー?」と、無意識下、動物の本能で警戒してしまうのです。
よって、好かれたいのなら、警戒心を抱かれぬよう、相手から見て右側から近づくのが正解です。
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と、これだけでは、安いデートマニュアルに出てくる『つり橋効果』(※1)に類する解説だけで終わってしまいますが、閑話休題。
この、
・向かって右側が好感を持つ=ホーム
・左側が敵意を持つ=アウェー
という心理は、コンテンツ業界、特に映像やイラスト制作において、重要なテクニックの源になります。
例えば、一枚のカットで、敵と味方を登場させる場合、
・右側(安心できる側):味方
・左側(安心できない側):憎い敵
と、配置します。すると人の深層心理と、目の前の状況がピタッと一致するため、とても安定した、心地の良いシーンに仕上がるのです。
左右を逆にすると、なんだか腑に落ちず、安定しない絵面となります。
心地の悪いシーンになってしまいます。
ただ、『心地良くない』という心理は、逆手にも取れます。
味方がピンチになっている時などは、あえて左右を逆に配置すると、『不愉快=苦しい』状況――すなわち劣勢であることが強調できるのです。
●実例1 SSSS.GRIDMAN 第5話『挑・発』
ホンマかいな? という声もあると思いますので、実例を挙げて説明していきたいと思います。
TVアニメ『SSSS.GRIDMAN』は、1990年代に放送された特撮ドラマ『電光超人グリッドマン』の続編として、2018年冬に放送されました。
原作の『電光超人~』を製作した円谷プロといえば、いうまでもなく映像コンテンツの大先駆者。
その円谷プロが監修に入っていたのか、アニメ版の『SSSS.GRIDMAN』でも様々な映像的なテクニックが取り入れられていました。
今回注目して頂きたいのが、第5話『挑・発』。
いわゆる水着回だったのが最重要チェック項目ではありますが、ストーリー的にはそれまでに例のない超巨大サイズの怪獣が出てきたのがポイントとなりました。
山と見まごうばかり(実際、最初は区別がついていなかった)の敵の巨体になすすべがない、主人公の響裕太。
グリッドマンを呼ぶ方法も見つからず、超巨大怪獣は登場から7~8分ずっと、何者にも阻まれずに進撃を続けます。
実はこの間、常に超巨大怪獣は、『画面向かって右』に表示されていました。
どのカットを見ても、絶対に右側です。
敵が、右側。
ということは、先で説明した通り、ピンチであるサイン。
敵のサイズによる圧迫感を出す演出として、あえてそうしたのでしょう。
その後、グリッドマンが召喚されますが、まだこの配置は続きます。
相手の巨体を持て余し、まったく歯が立たなかったからです。
よって、
・右側:超巨大怪獣(敵)
・左側:グリッドマン(味方)
という、ピンチ・不安をあおる配置は継続します。
転機が訪れるのは、グリッドマンが登場されてからおよそ2分後のこと。
この回で初お目見えとなる、グリッドマンの新モード『バスターグリッドマン』に合体したタイミングでした。
サポートメカの力を得て、一気に形勢は逆転! イケイケモード!
バスターグリッドマンへの変身バンクが終わった後は、これまでの配置とは一変し、
・右側:グリッドマン(味方)
・左側: 超巨大怪獣(敵)
という並びに入れ替わります。
これは、心地の良いパターンの例。
これまでの息苦しさを払しょくするような、スカッとするような、心地の良い映像で終えたいという狙いがあったのでしょう。
超巨大怪獣を倒すまで、『グリッドマンは画面右側』という法則は徹底されます。1カットもこの配置は崩れることはなく、第5話のバトルパートは終了します。
●実例2 ドラゴンボール 其之231 レッドゾーンの戦い(ベジータと孫悟空の気功波の打ち合い)
ドラゴンボールといえば、鳥山明先生著、解説の必要がないくらい全世界で愛され続ける人気コミック・アニメーションです。
その中でも、主人公の孫悟空と、終生のライバルとなるベジータが初衝突する『サイヤ人襲来編』といえば人気のエピソード。今回注目するのは、その中でも名シーンに数えられる、かめはめ波vsギャリック砲の撃ち合いです。
地球もろとも必殺のギャリック砲(エネルギー波)で、攻撃するベジータ。
孫悟空もかめはめ波(エネルギー波)を撃ち返し、中空で衝突。
どちらの技が、押し切るのか? と、手に汗握る場面でしたが、ここでも鳥山先生の考え尽された、構図が垣間見えるのです。
まずシーン中、原則としてこのシークエンス中は、
向かって右上:ベジータ(敵)
向かって左下:孫悟空(味方)
という、位置取りで10ページ近くに渡って固定されていました。
敵が右側ということは、『不安』をあおり『ピンチ』であるサイン。
しかも、敵であるベジータが、孫悟空の上を取っています。
『マウントポジション』という言葉があるように、上にいるキャラは有利である証拠です。
つまり、
・敵が上 ・敵が右
にいるということは、ピンチ×ピンチの構図。
事実、エネルギー波の撃ち合いに負ければ、孫悟空は地球ごと消し飛ぶしかなく、その重圧・息苦しさ――が孫悟空とベジータの位置で、表現されていたわけです。
アニメ版では、↑の意図が強調され、
『敵であるベジータが右上』
という、ポジションで、終始固定されていました。
(ただし1カットだけ、ベジータが真上、孫悟空が真下のカットがある)
それだけ、敵味方の位置取りは重要というわけですが、原作のコミック版だともう1工夫あります。実は、特定のカットだけ、この位置関係が崩されているのです。
○特定のカット1 コミックス20巻、43P (※2)
孫悟空がかめはめ波の「波」を叫んで、攻撃を放った瞬間。
○特定のカット2 コミックス20巻、47P 最後のコマ
界王拳を3倍→4倍に上げた瞬間 孫悟空「4倍だぁ――!!!!!」
洞察力がすぐれている皆さんならもうお気づきだと思いますが、どちらも、主人公の孫悟空が『技を放ったカット』です。
圧倒的なピンチを演出するために不安をあおる構図を続ける中でも、やはり主人公の攻撃の瞬間だけは『心地の良い』スカッとするカットにしたい。そんな、鳥山先生の意図が読み取れます。
なお、もう1か所、
○特定のカット3 コミックス20巻、41P
孫悟空とベジータが、エネルギー波を放つ直前で構えている
シーンでは、
・『左側に立つ悟空を切り取った』コマをページの右側に。
・『右側にいるベジータを切り取った』コマをページの左側に。
入れ替えるという、テクニカルなことがなされています。
このコマの後は、息苦しさ全開フルパワーのカットがずっと続くので、ここでせめて読者に息抜きをしてもらおうという、配慮かもしれません。
なお、かめはめ波vsギャリック砲にとどまらず、コミックス20巻を観察すると『味方が攻撃するコマだけ、敵が左、味方が右(心地よいポジション)』になるという箇所が、幾つかあります。
『例:34P 最後のコマ、孫悟空の強烈なボディーブローが、ベジータにヒット』
『例:137P 中段のコマ、孫悟空の息子、孫悟飯が元気球を跳ね返してベジータに飛ばす』
どちらもやはり、味方が攻撃をする瞬間です。
筆者は小者ですから、鳥山先生にインタビューできたわけではありません。が、これらの例からも、『意図的に心地の良い構図』を選んで挿入しているであろうとみて、構わないと思います。
以上、小説家・物書きというよりは、イラストレーター向けの雑学となってしまいましたが、将来、ゲームを自ら企画したいと志す方もいるかもしれません。
いわゆるメインビジュアルとか、イラストの指定書を書く機会もあるかもしれません。あるいは、演出スクリプトを任されるとか。その時に、この雑学は大いに役に立つでしょう。
いや、ホント、プロの仕事でも、
「このメインビジュアル、もう45度右に傾けたら敵と味方の位置取りが変わって、グッと印象が良くなるのに。惜しいなぁ」
という、イラストをたまにお見かけます。
手間とお金と時間をかけた作品が、こんなことでつまづくのは、ホント惜しいと思います。
(※1) 危険な場所(例:つり橋の上)で告白すると、危険なところにいるが故のドキドキと、心のときめきが混同され、相手に受け入れられる可能性が高くなるという理屈。
(※2) ページ数・コマの位置は、当時の原作本(1990年当時の第10版)を、基準に記してます。新装版などだと、変更になっている可能性があります。
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