24. 『十字砲火』とはなんぞや?

 フィクション、特に軍事物に散見される単語の一つに、【十字砲火(あるいはクロスファイア)】があります。

 字面から、なんとなく「2方向から攻撃するんやろな」「火器とかいっぱいぶっ放すんだろ」というようなイメージまでは持っている方も多いと思いますが――実際のところどうなのか。どんな利点がある戦術なのか。把握していない方も多いのでは?


 そこで、軍事オタというわけではなく、まったく軍事の才能もない。

 私、板皮類が、もっともらしく、知ったかぶり。かつ、出来るだけ誰にでもわかりやすく【十字砲火】の基礎をご案内したいと思います。


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 まず、【十字砲火】とは、自動火器が発明されてから生まれた戦術です。

 自動火器とは、マシンガンとか、ガトリング砲とかの類のこと。

 引き金を引けば、数十秒、あるいは数分間、銃弾を連続で発射できる武器を指します。


 この【弾を連続で発射できる】特徴を生かしたのが、十字砲火です。

 よって、2人の魔法使いが爆裂魔法を左右から一発ずつ叩き込む、だけではクロスファイアとはいえません。それはただの集中攻撃です。


 【十字砲火】という位ですから、2方向から2丁の機関銃を放つわけですが。

 まずは、比較対象として十字砲火ではなく、機関銃が1つしか無い場合を考えてみましょう。


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 Q.正面に機関銃をもった敵が1人現れました。今にも撃ってきそうです。

   あなたならどうしますか?

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 真っすぐ突撃すると、ハチの巣になりそう。

 だから多くの方は、左右に逃げて、物陰に隠れる。

 などと、考えたのではないでしょうか。


 あるいは、もし同行している味方がいたとしたら、

 【1人が囮になって右側に逃げている間に、もう1人が左側から回り込んで攻撃する】

 というような、戦術も取れたことでしょう。


 そう、実はこれが、機関銃が1つしかない(十字砲火ではない)場合の限界を、端的に示している例なのです。


 弾を連続で発射できる機関銃は確かに強力なのですが、狙える場所は常に1方向。

 なので、【一度に】【複数の敵によって】【別々の方向から回り込まれる】と、対処できません。


 機関銃が1つしかない場合を無理やり図解すると、下のような感じでしょうか。

 (矢印←が弾の進む方向)



A ←←←←←←銃



 貴方はA地点に居るとしますが……はい、上下に逃げ道がありますね。

 後は、かわす足が速いか、弾が射抜くのが早いかの、瞬発力勝負。


 射撃手としては、いつ回り込まれるかとビクビクしっぱなしです。

 そして、この欠点を解消したのが、十字砲火なのです。


 下の図(もどき)をご覧ください。



↖       銃

 ↖     ↙

  ↖   ↙

A  ↖ ↙

   ↙ ↖

  ↙   ↖

 ↙     ↖

↙       銃



 矢印が弾の進む方向なわけで、ちゃんと弾がクロスしていますね。

 典型的な十字砲火ですが、貴方はA地点からスタートして、敵(銃の字があるところ)へ無事に近づけるでしょうか?


 ええ、上に行っても、下に行っても絶対、一度は射線(敵から放たれる弾の通り道=銃口の延長線)にぶつかってしまいます。

 自動火器(機関銃)とは先述の通り、弾を何十秒も撃ち続ける兵器。


 弾は途切れることはなく、無傷で←を超すのは至難であると分かります。


 上に逃げても、下に逃げても弾の通り道にぶつかってしまう。

 後は、攻撃を諦めて、後退するしかない。


 いわば、図の←は触れたら最後、全て葬り去る、生と死の境界線。

 カクヨム作品風に表現すれば、十字砲火とは【相手が攻め込むことができない結界を張る】戦術であると表現できそうです。


 また、この結界は、ずっと同じ位置に固定されているわけではありません。

 銃口の方向を変えれば、弾の軌道(発射角度)も変えられるわけで。


 それこそ、ハサミの2枚の刃で、挟んだ紙をチョキンと切ってしまうように、【A地点】に取り残された敵兵をすり潰すこともできます。


 すなわち、【十字砲火】とは敵を近づけない鉄壁さだけではなく、不用意に近づいた獲物を恐ろしい火力で葬りさることも可能な、超攻撃的な防御策なのです。


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 また、守る際だけでなく、撤退する時も機関銃が2つあると有効といわれています。


 まず、機関銃が1丁だけしかない場合。

 後ろに後退しようとすると引き金がひけず、弾の発射が止まってしまいがちです。(後ろ向きながら銃を撃つのは難しいからね)

 また、弾切れの問題もあり、弾の雨が止んだ時に追っ手に距離をつめられ、捕まってしまうのが関の山。


 対して、機関銃が1丁ずつ持って2人で撤退する場合は、どちらか一方が必ず応戦できます。


 まず、兵士Aがけん制して弾の雨を降らして時間稼ぎしている間に、兵士Bは少し後退。(ついでにこの時に、弾の補充も可能)

 続いて、兵士Bがけん制している間に、兵士Aが後退。

 その後、また兵士Aがけん制して、兵士Bが後退を……。


 といった具合で、役割を交代しつつ、一方がもう一方の後退をサポート。常にどちらか1人が自動火器で弾を放って敵を近づけさせないため、安全に撤退できるという寸法です。


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 以上、簡単でしたが十字砲火の意義に触れてきました。

 プロの軍事作家さんに言わせたら、詳細は違うとか、説明が雑とかいろいろ、異論はあると思いますが――基礎知識としては、こんな感じでしょうか。


 すなわち、【機関銃のような自動火器は、2つ1組で初めてポテンシャルを発揮できる】。これが、持って帰って頂きたい、十字砲火の極意です。


 昔、自衛隊が海外に派遣する際に、『機関銃を1丁持っていくか、2丁持っていくか』で、国会で揉めたというような都市伝説を耳にしたことがあるのですが、正解は明らか。

 自衛隊員の身を守るためにも、自動火器は2個セットやで。ということになります。(※1)



(※1) 国会で揉めた

 ウィキペディア情報によると、1994年の自衛隊ルワンダ難民救援派遣の模様。

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