59. 運動学習と対戦格闘ゲーム SUPER


 第32~34回で取り扱った「運動学習と対戦格闘ゲーム」の続編です。


「32. 運動学習と対戦格闘ゲーム」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888998169/episodes/1177354055540350914

「33. 運動学習と対戦格闘ゲーム DASH」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888998169/episodes/1177354055540364024

「34. 運動学習と対戦格闘ゲーム 'TURBO」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888998169/episodes/1177354055540397172


 今回は、ヒントのお話。

 運動の学習において重要な要素に、外部からのアドバイスがあります。

 人間、何かを失敗しても、なかなかその原因が自分自身では見当がつかないもの。


 むしろ周りで客観的に見てくれる指導者などからのヒントが、習得の鍵となるわけです。


 さて、このヒントですが、運動学習では大きく分けて3種類あると考えられているようです。


【1:事前情報】――事前に与えられる予備知識のこと(ex:野球のルール、カーブを投げるときのボールの握り方)

【2:結果】――運動が成功したかなど結果についての情報(ex:今の投球がストライクゾーンに入ったか? 誤差はどれくらいだったか?)

【3:パフォーマンス】――運動そのものの改善点について(ex:投球フォームの崩れ)


 バスケットボールのシュート練習を例にとると、


 【1:事前情報】――「左手は添えるだけ」「腋はしめる」「コーチが見本をみせる」

 【2:結果】――実際に本人にシュートしてもらって、「リングに入ったか?」「外れたとしたら何センチずれていたか?」といった知見を得る

 【3:パフォーマンス】――「体に力が入りすぎている」「腋が開いていた」といった動作中の改善点を伝える


 といった具合になるでしょうか?


 難しい言い回しをすると、1のことを「教示」。

 2と3を合わせて「フィードバック」と呼びます。


 さて、この運動学習でのヒントをゲームの習熟にあてはめると、1は多く、3が非常に少ないことに気づくかもしれません。


 ゲームに付属している説明書。

 あるいは、ゲームを始めると挿入されるチュートリアルで、【1:事前情報】は提示されることが多いです。ゲームセンターで遊べる対戦格闘ゲームでは、かつて100円投入後に、操作方法がよく表示されたものですが(特にMVS・ネオジオと呼ばれる格闘ゲーム)、これも【1:事前情報】の好例ですね。


 1ほどではないですが、【2:結果】もある程度ゲーム上で、提示されることが多いでしょうか。音ゲーでボタン押すタイミングによって、「Good」「Bad」などのサインが出ます。1曲プレイした後のリザルト画面の表示も該当しますね。


 対戦格闘ゲームであれば、必殺技のコマンドを入力して、技が出たかどうか。

 はたまた、ジャンルを問わずゲーム全般にいえることですが、ゲームオーバーになったか。もしくはオールクリアしたかも大きな括りでいえば、【2:結果】に属するものといえるのではないでしょうか。


 対して、ゲーム側でのサポートが乏しく、周りの友人に頼らざるを得ないのが【3:パフォーマンス】のヒントだと思います。


 音ゲーをプレイしている人に、「曲調が早くなると、ボタンを早く押しすぎる傾向があるよ!」「後半になると押すのが遅れるよ!」というアドバイスができれば、プレイヤーの技術向上に大きく役立つことでしょう。


 対戦格闘ゲームでも、「『→↓\+パンチ』のコマンドを入れるときだけパンチボタンを押すのが早すぎるよ」とか。「相手のジャンプ攻撃に対して、いつもしゃがみガードをしているよ!」とか。

 初心者は往々にして、失敗した(ゲームオーバーになった)という結果はわかっても、その原因は自分では推測がつかないものですから。


 これらのアドバイスをゲームプログラム側で積極的にしてくれれば、初心者の救済機能として大いに役立つのではないでしょうか。

 あるいは、eスポーツの普及が叫ばれる昨今、eスポーツトレーナーという職業が生まれるのであれば。【3:パフォーマンス】の助言ができるかどうかがトレーナーとして優秀かどうかの境目になるやもしれません。(※1)


 もっとも、eスポーツの難しいポイントとして。

 旧来の運動であれば『プレイヤー本人の動き』だけを見ていればフォームを観察できるけど。eスポーツだと『プレイヤーの手』と『ゲーム画面』の2点を同時にチェックしなければフォームを観察したことにはならない。という難点があります。


 とっさに2つを見極めるのは至難の業でしょう。

 【3:パフォーマンス】をチェックするため、専用の研究が必要になりそうです。

 例えば、対戦格闘ゲームのコマンド入力が上手い人と、下手な人の動き(プレイヤーの手と、ゲーム画面の両方)を、何十人分と見続けて覚えることで、共通の失敗の傾向をつかむ。

 その視覚記憶と、今、教えているプレイヤーとの差異を見定め、瞬時にミスを見抜けるようになるとか。


 ゲームプログラムサイドでサポートするとしたら、やはり数十名の上手い人と下手な人の動きのサンプルを集計。

 初心者のコマンド入力に共通するクセをコンピュータに取り込み、類似する入力をプレイヤーが行ったら操作の修正を提案するとか。


 初心者の救済ごときにやけに、面倒なことをやると思われるかもしれません。

 が、ゲームがあまり得意でない人にもeスポーツを広めたい。上手い人だけが楽しむ閉鎖的な環境にしたくないということであれば、避けては通れない道かもしれません。


 自分でミスの原因に気づける優秀な方は、放っておいても良いのです。

 そういう人は、外部から【2:結果】【3:パフォーマンス】といったフィードバックをする必要はありません。自分で解決できますから。


 でもそれが出来ない人が、大勢います。大半の一般人はそうなのではないでしょうか。

 「初心者は、失敗しても原因が自分では気づきづらい」ものですから。(※2)


 だからこそ熟練者かゲームシステムによって失敗の原因を伝えることが、初心者の救済――早めの技術の習得に繋がる。プレイヤー人口の拡大につながるのでは、と私は考えます。(※3)



■ 今日のまとめ ■

・運動でもゲームでも、適切なヒントを与えることで技術の向上の繋がるよ。

・ヒントには、【1:事前情報(ルール、動作方法)】【2:結果】【3:パフォーマンス】の3つがあるよ。

・【3:パフォーマンス】とは、失敗の原因――動きや操作の改善点を伝えることだよ。

・現状のゲームは、【3:パフォーマンス】を伝える機会が少ないと思うよ。



(※1)

 もっともWiiやSwitchのゲームに代表されるような、野外スポーツさながらに体全体を動かすゲームだと、現在でも【3:パフォーマンス】のフィードバックをしてくれる場合も多いようですね。それをさらにいろいろなゲームに反映させた方がいいんじゃない? ということで。


(※2)

 運動学習の理論でも、自分でミスを修正できるようになったら、外部からの助言――フィードバックは要らないとされています。


(※3)

 対戦格闘ゲームだと、練習(プラクティス)モードで「どのようなボタン・レバー操作を行ったか」を順次表示するところまでは標準化されてきています。が、それを見てどう分析するかはプレイヤー任せになっています。

 大半の初心者はキャラクターを動かすので精一杯で、操作の表示に注意を払うことすらできないのではないでしょうか。

 そこを、人間のトレーナーあるいはゲームプログラム側で分析して、伝えられるようになれば……。という割と夢見がち、でもeスポーツが実際のスポーツと並ぶためには、避けられないかもしれないヒントの出し方のお話でした。

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