6.『墨子』は報われない

 墨子は、紀元前470~390年ごろに活躍した、中国の思想家です。

 非戦&博愛をモットーとする【墨家思想】を立ち上げたことで有名ですが、彼は戦術・弁舌家としても、有能でした。

 今回は、そんな誠実な彼らしい、逸話からのチョイスです。


 彼が、存命だったころの中国大陸といえば、春秋・戦国時代のまっさかり。

 幾つもの国々が、興亡をかけて戦を繰り広げていました。

 (人気コミックのキングダムの舞台になっている、あの時代です)


 そんな折、大国・楚が、【雲梯】という攻城用の新兵器を開発します。(※1)

 これを使って、敵国・斉を攻略せん!

 とイキがったわけですが、噂をききつけた『戦大嫌いマン・墨子』は、この暴挙を止めようと、単身で楚の国に乗りこみます。


 なんとか、楚国の王との面会に成功。侵略することの非を説いて、

 『んじゃ、机上での模擬戦でキミ(墨子)が勝ったら、攻めるのは諦めてやんよ』

 という約束を、取りつけることに成功した、墨子。


 彼は、盤上で完膚なきまでに、楚の代表選手を叩きのめします。

 相手方が、負けた腹いせに「実は、秘策があるんですけどねぇ」と、含みを持たせますが、そこでも墨子が一枚上手でした。


 墨子「私をここで、ヤッちまえってことでしょう? ムダですよ。私の弟子300人が、すでに斉の国にスタンバってますからね。私がたとえ始末されても、彼らがアナタたちを撃退してくれるでしょうよ」


 完全に作戦が読まれていることを悟った楚は、斉への侵略を中止しました。



 さて、実はここからが本題。

 一滴の血も流さずに首尾よく国を救って、帰路についた墨子様。

 しかし、ちょうど斉の領土を通行中に、大雨に遭遇してしまいます。


 こりゃたまらんと、とある里の門の軒先で、雨宿りする墨子。

 しかし、門番によって、不審人物認定をされて、けんもほろろに追い払われてしまいました。


 門番にとっても、墨子は、母国を戦火からすくった大恩人のはず。

 でも、そうとはつゆ知らず、門番は、墨子を乞食かなにかと勘違いしてしまったのです。


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 まさに、歴史に残る、恩を仇で返す。

 門番によるやっちまった案件でしたが、我々はここから何を学び、何を心がけるべきでしょうか?



●1:功労者は目立たない

 トラブルへの対応の最善は、未然に防ぐことです。

 しかし、我々は、派手な大騒動に発展したトラブルばかりに目を奪われがち。


 でも、誠の知恵者は、リスクそのものを表層に出さずに、完封した者のはず。

 墨子のような、日陰者、縁の下の力持ちこそが貴重なのではないでしょうか?


 同じく、中国の思想に大きな影響を与えた、老子や孫子も、


 老子「善く行くものは轍迹なし」

 孫子「百戦百勝は、善なるものにあらず」


 と、同じような指摘、問題点の看破をしています。



●2:上下に関係なく過ちは起こる

 墨子は、300人の弟子をもつ、大先生。

 それに対する門番は、当時の価値観でいえば明らかに格下の存在です。

 しかし、今回、加害したのは、門番でした。


 昨今の日本では、パワハラなどのハラスメントの危険性が叫ばれています。

 その場合、我々は、【上役が、立場の弱い者を虐げる】ステレオな場面を想像しがちです。

 が、しかし、時には逆のケースもありえるのではないでしょうか。


 プロジェクトのリーダーが、残念ながらメンタル疾患に陥ってしまったケースを、私は複数回目撃したことがあります。



●3:誰でも加害者になりうる

 今回、やらかしてしまった門番ですが、粗暴な点はあったものの、ただ職務に忠実であろうとしただけだったとも考えられます。

 当時は、戦乱の世。治安も悪かったでしょうし、里を荒らすかもしれない危険因子を早く遠ざけたかっただけだったのかもしれません。


 結局のところ、他人の功績・人柄などは、ぱっと見程度では分からない。

 故に、いつでも誰でも、濡れ衣を着せる&着せられる。

 迫害する&迫害される、キケンがあるとも考えられます。


 日本の学校教育の現場での話ですが、

 『生徒が先生に、相談してきた時、2人のもつ認識によく差異が出る』

 と聞いたことがあります。


 生徒は、悩みに悩み抜いて、最後の救いを求めて、先生に相談します。

 いわば、初手から最終局面。しかし、先生にとっては初めて相談されたばかりなので、まだまだ時間に猶予があると勘違いします。

 今回が、生徒を救えるラストチャンスであることに、気付けないのです。



 とどのつまり、我々は常に、誰かを見捨てる。

 虐げてしまう可能性と隣り合わせで、生きている存在と言えそうです。


 実の母ですら、息子が学校で、何を学んでいるかは把握しきれません。

 我々が、毎日楽しんでいる無料ソーシャルゲームも、メンテナンスに携わる人の苦労ばかりか、彼らの顔も知りようがありません。


 ―― 正しく評価するという行為は、本当に難しい ――


 古代ギリシャの偉大な哲学者、ソクラテスは、『無知の知』という境地に至る際に、『真理を探求することこそ、善く生きることである』と語ったそうです。


 これで、正解だ。自分は正しい評価を下していると自信を持った瞬間から、堕落する。誤った判断を下してしまう危険が生じる。


 誰かを不当に貶めてしまう悪い道に、進んでいるということでしょうか。


 そんな前回と同じ、『無知の知』オチで〆です。



(※1) 雲梯

 うんてい。折りたたみ式&車輪付きの便利なハシゴだった、模様。

 当時は巨大な壁で取り囲まれた、城塞都市が多かったため、【壁を乗り越えるための設置らくらくハシゴ】が、特に有効だったようです。

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