◆2024年度◆
64. ゲームを監修するということ
私が良く鑑賞させて頂くYoutubeチャンネルの1つに、桜井政博さんの「桜井政博のゲームを作るには」がございます。
桜井さんといえば「星のカービィ」「大乱闘スマッシュプラザーズ」といった任天堂発の錚々たる看板ゲームを手掛け続ける伝説級のディレクターさん。
クリエイターとして(私は元ですが)、「なるほど」「あるある」的な動画が多数投稿されているのですが。先日、私の心を強く震わせたのがディレクターが行う「監修」についての動画でした。
桜井政博のゲーム作るには
https://www.youtube.com/@sora_sakurai_jp
監修あれこれ【グラフィック】
https://www.youtube.com/watch?v=aFRaHxHkoUk&t=18s
私の率直な感想――「大乱闘スマッシュブラザーズ級(いわゆるAAAタイトル)だと、ここまで緻密に監修するんだな」。そして「私の手掛けていた美少女ゲームでは、ここまで監修として手を加えるのは無理だろうな」と。
ということで、今回は複数人のチーム制でゲームを作るのに不可欠な「監修」の話。
大勢の方に納品して頂いたグラフィック・シナリオ・音楽・プログラムといったパーツを、クオリティ管理の責任者であるディレクターは監修する――OK、もしくは修正を依頼する判断を下す必要があります。
この「監修→手直し→監修→手直し→…」というサイクルは不可欠なものの、心身の負荷が大きい作業です。
まあダメ出しをする、される関係になるわけですからね。
場が荒れる。恨みつらみ、アクシデントの原因になりうる。
そこで、私は美少女ゲームのディレクターとして監修を務める際には、1つの方針を立てていました。すなわち、
「60~70点以上つけられるものはOKを出してしまおう」と。
※注:ここからはいつも以上に主観・感覚的な要素が強い内容になります。
数字の細かな差はそこまで重要じゃありませんので、あしからずです。
そもそも、監修する人(ディレクターとか)が文句なしの100満点をつけられるゲームの部品を作るというのは、とても難易度が高い作業なのです。
なにせ、理想的な完成図というものは「監修する人の頭の中」にしかないわけですから。
制作をお願いするにあたっての資料、設計図はもちろんお渡ししますが。
ゲームの良し悪しを左右する【つぼ】というのは、言語などで見える化するのがとても難しいジャンル。
ディレクターの理想形が1度の説明で伝わることなんて、中々ありません。
いや、むしろどんなに言葉を尽くしても、完璧に伝わることなんてないのかも……。
むしろ、1回目の製作物の提出で、「50点以上」をつけられるものを提供されたのであれば、担当された人はとても優秀。
指示を出した側の意図を積極的にくみ取りそれをちゃんと製作物に落とし込める技術のある、誠実で腕の確かなスタッフに違いありません。
ここからさらにクオリティを上げるとしたら、修正点を明示して手を加えて頂く――いわゆる、リテイクが生じます。
私が現場に携わっていたころの美少女ゲーム業界だと、1つの製作物に対するリテイクの回数は、0~1回くらい。
必要に応じて2回~3回と再調整もお願いするわけですが、それくらいのリテイクが常態化すると、だんだん場がギスギスしてきます。
Eメール上でのやり取りでも、相手のいら立ちがなんとなく伝わってくるんですよね。
なぜかといえば、美少女ゲームの開発は予算が少額に限られており、予算が限られているのであれば、スケジュールに余裕がありません。
スタッフにお支払いできる報酬も限られます。
そんな状態で、繰り返しのリテイク祭りで時間を拘束されるというのは、作業にかかわるスタッフにとってはいい迷惑。リテイクなしでの納品でも、3回のリテイクを経ての納品でも、支払われる報酬額は変わらないわけですからね。
そういう事情もあって、予算の少ない美少女ゲームの開発ではリテイクをお願いできる回数が限られており、そんな環境で(私の感覚ですが)、「60点~70点」以上をつけられる成果物をコンスタントに上げてくださるスタッフは、これはもう貴重なわけです。
いいかえれば、「60点~70点」の部品を組み合わせても、ちゃんと全体で商品としてのクオリティを保てるように最初からゲームの設計をしておくのが、美少女ゲームのディレクターとしての務めでした。
開発期間が限られるならば、OK・リテイクのボーダーラインは60点。
もう少し予算や開発期間に余裕がある。もしくは、高額商品であり高クオリティが期待されるなら、OKを出す基準を70点かそれ以上にボーダーラインを上げていきます。
もっとも、嗜好品であるゲーム――特にフェティッシュを扱うものだと、押さえなければいけない【ツボ】がありますので、そこが押せていない場合は50点を越えない。
また、大事なシーンとそうでないシーンがありますので、大事なシーンは70点~80点を目指す。
またはシーンAでは60点でOKした分、シーンBは頑張って70点まで上げないといけない。などといった判断をリアルタイムで行っていきます。
アニメ業界だと、【捨て回】【溜め回】といった用語が広まって久しいですが(※1)、それに近しいクオリティのコントロール。
美少女ゲームの現場でも全てにおいて100点を目指すのは難しいので、スタッフに力を入れてもらう部分と、そうでない部分を切り分けてクオリティコントロールを行います。
これが美少女ゲーム業界での監修――クオリティコントロールの一例……。
なわけですが、昨今では状況が変わってきた様子。
アニメ「鬼滅の刃」や、ゲーム「ウマ娘 - プリティダービー-」のヒットなどを契機に、エンタメ業界に「時間と予算をかけても、ハイクオリティな作品を制作する」潮流がここ数年で広まっているようですね。
私が現役だった時代は、60点~70点のクオリティで通用したかもしれませんが。今はそうではないのかも……。
ただ、ハイクオリティを目指すということは、それだけリテイクが生じスタッフに負担がかかります。予算や開発期間も延びていきます。
ユーザーから見れば、四の五の言わずハイクオリティな作品を目指せ! と、思うのが道理であり、現場の監修の責任者としては頭が痛い問題なのですが。
並みの開発期間や予算で、100点満点の作品を目指すとしたら現場が疲弊して、破綻するのが目に見えています。リテイクをお願いしてもいい回数は、限度があります(※2)。う~ん、どうしましょうか、無い袖は振れませんし。
1点、アドバイスをするとすれば、
「自分の思い通りではない」製作物が送られてきた場合でも、
A:方向性が違う
B:単純にクオリティが低い(技術的な問題)
この2つのパターンが混在している気がします。
そして前者は、コミュニケーションの問題。設計図や打ち合わせに不備がある可能性があります。製作する側ではなく、製作をお願いする側の伝え方の問題をまず疑うわけです。
また、ディレクターの想定していたものとは違うけど、むしろ想定外だったということを抜きにすれば、むしろ的を得ている。ユーザーさんにとっては100点満点の垂涎のイラスト、シナリオ、音楽だったりする場合があります。(※3)
作品全体の作風との兼ね合いもありますが、「これはこれで、アリだな」と思うのであれば、自身の先入観を捨ててOKにしてしまった方がプラスに働くかもしれません。
この先入観――自分の想定・理想像――を的確に無視するというのは、かなり難易度が高いスキル。
ともあれ、自分の納得のいくものではないものが提出されたからといって、全てに修正を依頼するのは得策ではない。ということは意識しといた方がいいと思います。
あと、提出してくれて「ありがとう」。修正を依頼して「ごめんね」。(※4)
の気持ちの表出は忘れずに。
■今日のまとめ■
・高いクオリティを求めるほど、リテイクが生じ、製作スタッフ、スケジュール、開発予算に負担がかかるよ。
・60点~70点以上のものを提出してくださるスタッフはとても貴重。50点でもすごい。
・方向性の違いでリテイクをお願いする場合は、監修する側が適切に情報を伝えられているか確認しべし。
・時に、監修する側の理想像を捨てた方が、いい作品に仕上がることもあるよ。
(※1) アニメの捨て回、溜め回
TVアニメだと、12~13話単位をひとまとめとして製作されますが、その中でも重要ではない話の部分で、作画の枚数(かける予算)を抑えて製作すること。
(※2) リテイクをお願いしてもいい回数
パチンコの演出の作成については、10回くらい平気でリテイクをかけることもあると、10年以上前の時点で聞いたことがあります。
下請けさんの不満の声の1つとして耳にしたのですが、それだけスタッフの疲弊・不満につながる。そして、開発予算や期間によって、修正をお願いできる回数は変化するということかもしれません。
(※3)
例外として、1発目でディレクターの想像していた通りの――100点に限りなく近いものを提出頂ける場合があります。それは、担当スタッフとディレクターが、取り組んでいるジャンルが好きで、精通しいる場合。
変身ヒーローを主題としたゲームを作るのではれば、キャラクターのポーズ1つとっても、「ああ、あのヒーローのあれのパロディですね」と、阿吽の呼吸で分かり合うことができます。好きこそものの上手なれ。
(※4)
監修だけでなくデバッグとか。
ゲームに限らずダメ出しを何百回と続けていると感覚がマヒしてきて、「ありがとう」「ごめんね」の気持ちがなくなるものです。ホント気を付けないとですね。
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