36. みんなの知らない『西遊記』の世界
『西遊記』といえば、おなじみ。
天竺(インド)に仏教を学びに行った実在の人物、【玄奘三蔵】の旅行記をモチーフに、16世紀の明の時代に成立した中国の小説。
孫悟空に猪八戒、沙悟浄、金角大王、銀角大王、牛魔王といった妖怪たちが戦う冒険活劇ですが。世間で知られているストーリーと、原作の内容が乖離している童話・小説がある中で、実は西遊記もその1つ。
そこで、原作の面白ギミックを、雑学・トリビア風にご紹介。
『西遊記』のキャラクターは色んなアニメ・ゲームのモチーフにもなっていますし。発想の一助として頂けたらと思います。
原作の『西遊記』は全100話の物語って知っていましたか?
■ 1.西遊記は全100話 ■
表題の通り、『西遊記』の原作は全100話。
1つのエピソードにつき3~4話程度で描かれており、牛魔王や金角・銀角大王といった日本でのメジャー所以外でも、様々な敵妖怪が登場します。
なお、日本では金角・銀角が中ボス、牛魔王が大ボスってイメージですが。原作ではどちらも前半戦で遭遇するキャラクターです。
■ 2.沙悟浄は水ではなく砂の妖怪 ■
沙悟浄といえば、水の中で活躍する河童のイメージでしょうか。
しかし、河童は日本産の妖怪。中国に、河童はいません。
さらにそもそも論でいえば、彼は水の妖怪ですらなく、砂の妖怪であったという説があります。
沙悟浄は流沙河に潜み、三蔵法師の前々々々々々々々世から立ちはだかり喰らい続けてきた(※1)という触れこみで登場したキャラなのですが。
沙悟浄と、流沙河に共通する、『沙』という漢字は【砂】という意味を持ちます。
つまり、流沙河とは水の流れる川ではなく、砂漠の中にある流砂である、と。
沙悟浄は砂の下に潜み、奇襲を仕掛けてくる砂の妖怪だったと考えられるのです。
また、全編を通して、沙悟浄が水中戦が得意だったという描写はなく(苦手でもない)、むしろもともとは天の川で水軍を指揮していた【猪八戒】の方が水中での活動は長けているという始末。
この面からも、沙悟浄は水属性ではないことが読み取れます。
もっとも、沙悟浄は青黒かった、という設定があるのですが。中国で盛んな陰陽五行説において、黒色は水遁属性。
あれ? だったら沙悟浄ってば、やっぱり水の妖怪なんじゃぁ?
原作でも割と目立たない立ち位置なのですが、設定がブレブレなのです。
■ 3.三蔵法師一行で水中戦が得意なのは、沙悟浄ではなく猪八戒 ■
前述の通り、沙悟浄は砂の妖怪であるため、水中戦で最も強いのは【元天界の水軍大将】である、猪八戒。(※2)
一方、最弱なのは、孫悟空。悟空は火遁と金遁を得意としており、火は水に弱い(五行信仰における水剋火)というイメージの通り、水はあまり好きではないご様子です。
まあ、元々の能力が高いので、【あまり得意じゃないよ】レベルぐらいですが。
■ 4.三蔵法師の乗っている馬は実は龍 ■
三蔵法師は白馬に乗っているイメージですが、あれは観音菩薩が竜の子を変化させたもの。最初は、ちゃんと本物の白馬に乗っていたのですが、西海竜王の三男である彼が襲って喰ってしまいました。
その後、孫悟空らとすったもんだの決戦の上、竜は敗北。
でも、乗り物は胃の中で消化されちゃったよ。
そこで、観音菩薩が仲裁して、移動手段になるように竜へ命じたわけです。
たまに、孫悟空と一緒に、戦うよ。(※3)
■ 5.三蔵法師一行は五行思想に対応している ■
中国発祥の風水で欠かせないものといえば五行、木火土金水の5属性に分けて考える思想が著名ですが。三蔵法師の一行は、それぞれに対応しているという分析があります。
・三蔵法師:土属性(黄色)
・孫悟空:火・金属性(赤・白あるいは金色)
・猪八戒:水属性(黒色)
・沙悟浄:木属性(青色)
カッコの中は五行に対応付けされている、キーカラーを示しています。
一行の中で唯一の人間である三蔵法師ですが、人間は土属性です。
土遁のテーマカラーは黄色なわけですが、映像作品でも三蔵法師は黄色い法衣を着ていることが多いですよね。妥当です。
孫悟空は火遁と金遁。天界で大暴れしたときに仙丹を盗み飲んだが故に、八卦炉でも燃えず、鋼のごとき堅いボディを手に入れたとされています。
悟空が頭にはめている輪は、金孤児という名前。
既存の作品でも、赤や白、金色を配色した服をまとっていることが多く、これも五行思想の観点から見ても順当。
また、金遁は四神の白虎にも対応されているといわれており、中国発の孫悟空のデザインでは、虎の毛皮をまいていることが多いようです。
前述の通り、猪八戒は天界の水軍出身なので水属性。
なお、地上では黒豚の子として生まれたので、テーマカラーは黒で正解です。
そして残された、沙悟浄は木属性。
あれ? おまえ元々、砂(土)属性ちゃうんかったんかい?
と、ツッコミたくなりますが一応、木属性のテーマカラーである青い肌(正確には青黒い)をしているということで、帳尻があっています。
ただ、どうにも彼だけは、五行のあまりもの属性を無理やり付与されたというか。
やっぱり原作でも、地味で設定ブレブレな沙悟浄なのでした。
■ 6.トラブルメーカーは孫悟空ではなく、三蔵法師 ■
日本国内において少なくとも3度にわたって、TVドラマ化されてきた『西遊記』。
乱暴者だった頃のクセが抜けない孫悟空が大暴れして、三蔵法師に破門されるというのがドラマの定番の流れですが。
原作だと、かなり趣が違います。
改心する前の孫悟空は、確かに【天界に実っていた仙桃を食い荒らす】【仙女の酒宴に忍びこむ】【仏に勝負を挑む】といった具合に、おおむね皆さんの想像通りの無頼の限りを尽くすのですが。取経の旅にでると、心を入れ替えた模様。
いわば、更生した元ヤンキーみたいなパーソナリティ。
敵の妖怪や、天界からの横暴な命令に対しては、一時的に口汚くなるものの。おおむね、常識的な判断、行動を取るようになります。
むしろ、原作で状況を悪化されるのは、だいたい三蔵法師の役目。
〇ケース1
猿「偵察に行ってくるっす。妖怪を追い払う結界を張っておくので、外に出ないでくださいね」
三蔵法師「おーけー」
妖怪の変化「私は怪我をした旅人。およよ、お坊様、こっちにきて助けてください」
三蔵法師「うむ、助けてしんぜよう」
妖怪の変化「まんまと結界の外に出てきたなぁ…ケケケッ! さらっちまうぜ!」
三蔵法師「あーれー」
〇ケース2
妖怪の変化「助けて、三蔵法師さん。あなたのお連れの猿がイジめるんです」
猿「いや、騙されないでそいつは妖怪です! 村人に化けてるだけですから!」
三蔵法師「嘘をつくな、猿! お経を唱えて、金孤児で頭ギュウギュウしめつけたる!」
猿「痛たたっ! ちきしょう!」
〇ケース3
三蔵法師「猿が人間をコロしおった…!」
猿「いや、こいつは、お師匠様を襲おうとした妖怪の変化で…」
三蔵法師「猿、オマエ、破門な」
まぁ、これらの類似パターンが多く、三蔵法師は自分から妖怪に捕まりにいきます。
さながら、マリオシリーズのピーチ姫。聖闘士星矢の、アテナ様。
三蔵、孫悟空のことを、信じてやれよ……。
原作の三蔵法師は、性欲とは無縁なお坊様である。ぐらいしか、取り柄がないのですよね……。ちょっとは学習して…!
■ 7.金角・銀角の正体は九尾の狐 ■
子供向けの西遊記の絵本では、レギュラー級といってもいい登場頻度・活躍を見せる、金角大王と銀角大王。
返事をした相手を、中に吸い込んでしまうひょうたんの使い手として有名ですが――【紫金紅葫蘆(しきんこうころ)】といって、あれは彼らが持っている5つの宝貝の1つ。
彼らはまだまだ、他のアイテムを所有しているのです。
・羊脂玉浄瓶(ようしぎょくじょうびょう):効果は【紫金紅葫蘆】と同じく、返事した相手を吸い込むというもの。ただしひょうたんではなく、こっちは水差しである。金角の持ち物。
・七星剣(しちせいけん):三国志演義にも登場する、すごい剣。
・芭蕉扇(ばしょうせん):扇ぐと炎が出る。羅刹女のもつ同名の芭蕉扇とは別物。
・幌金縄(こうきんじょう):自動で相手を縛り上げる
そして、銀角が持っている【紫金紅葫蘆】を合わせて、計5つ。
ともあれ、彼ら金角と銀角は、5つの不思議アイテムを使い分ける、西遊記きっての宝具使いという位置づけでした。
また、銀角は単独で山を(比喩ではなく、本当に山そのものを)召喚し、相手を上から押しつぶす荒業まで使います。
やべぇな、おい。かなりの技巧派、術の使い手ですね。
また、日本だと金角・銀角と名前に【角】の字が入っているせいか、赤鬼・青鬼みたいな角のある鬼妖怪と解釈されがちですが。
原作では一味違う。戦いの中、金角・銀角の【親戚を名乗る妖怪たち】が加勢し、孫悟空に挑むのですが。敗北すると彼らはその正体、九尾の狐の姿を現します。
親戚が狐なら、金角・銀角もそのたぐい(妖狐)であろうと予想がつきますね。
狐といえば、どちらかというと人間を化かす狡猾な知性派。
術や宝貝の巧みな使い手、というイメージとも合致します。
流行りの萌えキャラ化してみたとすると、狐耳の巫女姉妹あたり?
「あにじゃー」「妹よー」
と姉妹愛を見せつけそう。うん、萌えますね。
………
ただ、この設定にはオチがあり、金角・銀角篇の最後に、
【彼らは天界の偉い太上老君(※4)の弟子であり、三蔵法師一行の腕を試すためにわざと妖怪にふりをして、邪魔をしていた】
という、驚愕の事実が語られます。
おい、なんだ、その降ってわいたような設定は!?
伏線とか何もなかったじゃないかぁ!!
まあ、『西遊記』では、このようなノー伏線の進行が、割とデフォルトです。
■ 8.腹ペコ三蔵法師 ■
一度も精を放ったことのない高僧の肉(美味しい、あるいは薬になる)であるとして、妖怪から命を狙われる三蔵法師ですが。
性欲は克服できても、食欲はどうにもならぬ。
喰わなきゃ、死んでしまう。
でも、天竺への旅の途中、水や食料はどうしていたのでしょうか?
はい、すべて托鉢。
旅先の家の住人に頼みこんで恵んでもらっていました。
一方、托鉢をもらいに行った住人の正体が妖怪だったり。
孫悟空が人里がないか遠くへ偵察にいっているうちに、三蔵法師が妖怪に襲われることもしばしば。
托鉢は、西遊記の各エピソードのスタートの定番となっています。
(つまり、トラブルの種になりやすい)
■ 9.原作はそれほど面白くない? ■
ここからは、筆者の主観ですが。
全100話におよぶ西遊記。読んでみるとネタは豊富なものの、さほど面白くない。
展開がワンパターンで、お使いシナリオも多い。
たとえば、猪八戒や沙悟浄が叶わないと、孫悟空が参戦。それでも叶わないと天界に行って、戦いに役立つ道具を借りてくる。それでもかなわないと哪吒太子(※5)を呼んでできて、それでもかなわないと、お釈迦様を……。
と、言った具合。敵もたびたび、助っ人を呼んでくるので。
お互い助っ人をよび、アイテムを投入し続ける、泥仕合になりがちなのです。
もっとも、西遊記が成立したのは16世紀。
400~500年以上も前の小説であり、時代が下るにつて小説家の技量も飛躍的に上がっている。
21世紀の小説は、西遊記が成立した時代と比べて高品質になっている。
とも、解釈できます。
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以上、ざっくり9つほどピックアップしてみましたが。
日本の絵本や、アニメ、ドラマ、人形劇で見知った内容とはかなり印象が異なったのではないでしょうか?
以上、やっぱりなんでも原作をチェックするのは大切だよね? ということで。
(※1) 沙悟浄の首からぶら下げている頭蓋骨は、高僧である三蔵法師の前世~前々々々々々々々世にかけて全9人を喰らって記念に首飾りにしていたものという設定。プレデターかよ。
(※2) 猪八戒は、天の水軍を指揮する天蓬元帥という役職だったが、女癖が悪く地上へと追放されたという経歴の持ち主。人間として転生するつもりが、うっかり豚の腹の中に入ってしまったため、豚の妖怪となった。
(※3) ちなみに、ファミコンの問題作として名前の挙がってしまうゲーム【元祖西遊記 スーパーモンキー大冒険】では、三蔵法師の乗っている白馬も登場し、戦闘シーンでは竜の姿になって戦う。
欠点ばかりが挙げられる【スーパーモンキー大冒険】ですが、こんな原作の細かなギミックを拾っているという、好評価ポイントも。
(※4) 太上老君
道教の上位神。西遊記の他、封神演義にも登場する。
ものすごい古老の仙人としても描かれ、西遊記では霊薬を作っている。
(※5) 哪吒太子
道教の少年神。三面六臂の術で、手をいっぱい生やして戦う。
戦いに長けた強キャラのはずだけど、彼の登場でも収集がつかない場合も多い。
つまり、引き立て役。西遊記界の、ピッコロさん
彼も封神演義に登場する。
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