10.動機

 内心の動揺が伝わらぬようやや強硬な態度を取り続けた律だが、気づいたときには少女を三人ともダウンさせていた。

 特殊な能力や環境にさらされているが、律の核となる人格は健全な男子中学生だ。それは決して一般的、という枠を出ない。当然、希の着替えや茉莉の裸をなにも思わなかったわけではなかった。

 しかし皐月がそばに控えている手前、あからさまな反応をすることははばかられた。その上、今の律は女子生徒に扮していた。女子が女子の裸を目にしたとき、どのような反応をするのが正解なのか律にはわからなかった。もし自分が同級生の男子の裸を目撃したらと考えたが、げんなりとした気持ちになるだけだったし、それがそのまま女子に当てはまるとも思えなかった。正解の出ない問いは律に無反応を貫かせたのだった。


「……あれ? 麗華……茉莉も、どうしたの!?」

 最初に回復したのは意外にも気を失っていた希だった。ゆるゆると周囲を見回し、呆然と立ち竦む茉莉と、ぶつぶつとうわ言のようになにかを呟き続ける麗華に気づいてぎょっと目を剥く。

「あとで話す。織澤さんを頼む」

 希が回復するや否や、すかさずそう告げた律は茉莉の手を引き歩き出した。ここでは落ち着いて話もできない。一刻も早く部室に戻りたかったが、さすがに三人を引きずっていくことはできないため、誰かが我に返るのを待ち構えていたのだ。

 戸惑った素振りを見せながらも、希自身に大きくショックを受けた様子は見られない。あまりの衝撃に、彼女の中で先程の出来事は無かったことになったようだ。今の律には好都合だ。心の中で手を合わせながら、律は超科学研究会の部室へと足早に向かった。


 *


 全員が正気を取り戻すまで、たっぷり一時間ほどかかった。麗華と茉莉は数十分ほどで話せるまでになったが、趣味を暴かれたことを思い出した希が再び失神してしまったため、目を覚ますまで待つことになったのだった。


 現在、律の座るソファの向かいには満身創痍な少女三人が腰掛けていた。

「さて……グロッキー状態のところ悪いけど」

 律が切り出すと、少女たちの背筋がぴんと伸びた。青い顔をしたまま、茉莉がおずおずと口を開く。

「その、この度は大変ご迷惑を」

 頭を下げる茉莉に、律は頭を上げるよう努めて穏やかな口調で告げる。

「まあ私は部外者だし、損害を受けたわけでもないから別にいいんだ。けど、わからないのが動機だ。どうしてこんなことを。まさか私を試すためにひと月も前から準備していたわけじゃないだろ? そもそも雫に依頼するはずだった事件のはずだ」

 律の問いに目を泳がせ逡巡した様子の茉莉は、左右に座る希と麗華を順に見遣った。

「……正直に話すべきだと思う。私も、あんたがどうしてこんなことをしたのか知りたい」

「私も希と同じですわ」

 希の言葉に頷いた麗華は茉莉へ体を向け、その手を取ってじっと瞳を見つめた。

「でも、なにがあっても私は茉莉の味方でいたいと思っています。それは忘れないで」

「あっ、ずるい。私もだかんな!」

 麗華の行動に慌てたように、希ももう一方の手を握った。左右から手を繋がれた茉莉は、感極まったように声を漏らした。

「麗華……、希……」

 茉莉を見つめる二人も目に涙を湛えている。

「……すっかり悪者になっちゃったわね」

 隣で苦笑する皐月に、律は小さく苦笑いを返す。

「二人とも、ありがとう」

 囁くように言った茉莉は、そっと二人の手を解き、顔を伏せて目元を拭った。顔を上げたときには、憑き物が落ちたようなすっきりとした顔をしていた。

「全部、話します」

 そして茉莉は静かに語り始めた。

「藍川さんの言った〝試す〟というのは、ある意味当たっています。今回のことは、私が雫様を試そうと始めたことなんです」

「なっ!?」

 この発言には律も驚いたが、希と麗華の反応はそれ以上だった。焦ったように、希が口を開く。

「だ、だってあんた、雫さんをあれだけ尊敬してたじゃん。完全に信者って感じだったのに」

「ええ。私は雫様を心の底から認め、尊敬しているわ。彼女の力は本物だと」

「なら」

「だからこそ、なのよ」

 希に言った茉莉は律に視線を戻し、困ったように笑った。

「ごめんなさい、続けますね。……私がこの力を得たのは、最初の〝事件〟からさらに二週間ほど前のことでした。その日は部室で映画を観ていたらすっかり遅くなってしまって、慌てて下校したんです。校門の警備員さんにまだいたのかって目を向けられながらも、幸いなことに咎められることはありませんでした。いえ……」

 言葉を切った茉莉は、自虐的な微笑みを浮かべ、言った。

「今思えば、あのとき警備員さんに叱られて、職員室にでも連れて行かれていたほうがよかったのかもしれません」

 茉莉の微笑みの奥に猛烈な胸騒ぎを覚え、律は膝の上に置いた手にぐっと力を込めた。まるでその動作を待っていたかのように、茉莉は再び口を開いた。


「――そうしたら。私は、彼女に遭わずに済んだかもしれない。浅霧アオイと名乗る、あの恐ろしい少女に」

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