2.雫の真意

「それは、どういう……?」


 意を決して、律が問いかける。千里眼クレアボヤンスの異名を持つ目の前の少女は「千里眼を殺してほしい」と言った。それは、つまり。


「違うわよ」


 慎重に問いかけようとする律に、雫は鼻を鳴らした。


「あのね。千里眼が一人だけだって、誰が決めたの?」


「……!」


 それだけで、律は合点がいった。

 浅霧アオイという凶悪な少女を除き、〝敵〟は何人いるのか、誰が相手なのかも律たちはほとんどわかっていない。だからこそ、千里眼クレアボヤンスという強力なカードを味方に引き入れたいと考えていた。しかし、それは相手にとっても同じだろう。自分たちの思惑の妨げになるであろう相手の情報を事前に掴めるのは大きなアドバンテージになる。

 そんな律の思考を受け、ぼそりと皐月が呟いた。


「柚那ちゃんに憑いてた送り犬、アオイって子はよく見つけられたわよね」


 律は皐月の言葉を反芻はんすうする。送り犬は、宿主を無事に送り届けることがその目的であり、存在意義だ。柚那の身に危険が及ばない限り、無闇に姿を表したり、戦闘を行ったりはしない。人狼の存在を夢で知らせ、出会わないように警告をしていたくらいだ。にもかかわらず、人狼は柚那を襲った。思い返せば、まるで狙っていた獲物を見つけたかのようにも律には思えた。


 どういうわけか、この街には怪異――超常の存在が集まりつつある。〝敵〟がそれら怪異の中から、自分たちの邪魔になりそうなモノを潰して回っているとしたら。情報を得て、まるで間引きをするように襲っているとしたら。その想像に、律は思わず身震いをした。


「……へえ、概ね想像どおりよ。幽霊女もなかなかいい勘してるじゃない」


 雫は口の端を歪め、声を弾ませる。

 律たちの会話に置いてけぼりを食らっている三人娘は、話が見えず困惑した様子だった。それを見て雫が言った。


「なんの話をしているか、わからないでしょう?」


 問いかける雫に、三人の少女はコクリと頷く。


「わからないままでいたほうがいいこともあるのよ。茉莉、あなたの能力は役に立つわ。戦力としては引き入れたい。でもね、わからないままでいてくれるなら、私はそのほうがいいとも思ってる」


 律にとってその言葉は意外だった。巻き込まないように、あるいは邪魔にならないように、雫は少女たちを問答無用で蚊帳の外へ締め出すものだと思っていた。選択肢を与えるとは思わなかったのだ。


「それでも、というのならば。全部説明するわ。但し、聞いてしまったら、知ってしまったらもう戻れないわよ」


 投げかけられた言葉の意味を考えるように、少女たちは押し黙っていた。小さく微笑み、雫は言った。


「今日はもう疲れたでしょ。説明するにも骨が折れそうだし、詳しい話は明日にしましょう。場所はあの喫茶店でいいわ」


「……喫茶店?」


「ああ。駅から少し歩いたところにある静かなお店だ。あとで地図を送るよ」


 首を傾げた希に、律が応えた。すると、雫は思い出したように言った。


「ああ、そうそう。茉莉はともかく、あとの二人。あなたたちは首を突っ込むのはやめておいたほうがいいわ。……でないと本当に死ぬわよ」


 異能を宿した茉莉を除き、あくまで一般人である希と麗華。仲間に加わっても邪魔になるだけだと雫は判断したのだろうか。そう思って律は雫を見遣ったが、その硬い顔を見て、やはり巻き込みたくはないのだろうと思い直した。視ることは得意でも、案外見られることは不慣れなのだった。


 *


「結局、ついてきたんだな」


「……忠告はしたわよ」


 日曜日。律たちは喫茶店『アネモネ』で顔を突き合わせていた。

 律たちが座っているのは何度か利用した四人がけの席……ではなく、店舗の奥にある六人がけのボックス席だった。奥から雫、田中、律と座り、向かいには麗華、茉莉、希が腰掛けている。皐月は隣のテーブル席に座り、体を律たちの方へ向けていた。


 ――人狼。異能。浅霧アオイという少女。〝敵〟の存在。時折、律や田中が補足をしながら、雫の長い話が終わった。茉莉たち三人は呆けたように黙り込んでいる。


「……本当、なのですね」


 ぽつり、と呟くように麗華がこぼした。向かいの席に座る三人はそれぞれ黙って頷く。


「信じられない。信じられない、けど。信じる、しかないんだね」


 言った希だけではなく、並んで座る三人に向かって雫が言った。


「怖気づいたかしら? 今日聞いたことは忘れて、これから起こることすべてに目と耳を塞いで生きると誓うのならば、特別に降りることを許可するわ。その場合は今すぐここを立ち去りなさい。決して振り返らず、今すぐ出ていきなさい」


 その言葉こそ強烈だったが、しかし口調は優しく諭すようなものだった。


 しかし三人は示し合わせたように顔を上げると、力の籠もった瞳で雫を見つめた。


「やるよ」

「やります」

「やらせていただきますわ」


 ほとんど同時に、三人は言った。雫は念を押すように告げる。


「後悔するわよ」


 だが三人とも小さく頷き、口々に言う。


「私の力が雫様の、藍川さんの役に立つなら、頑張りたい、です」

「茉莉はしっかりしてるようで抜けてるからね。見てないと不安だよ」

「同じく、ですわ」


 三人とも、その両の目は雫をしっかりと見据えている。雫は気圧されたように言った。


「わかった、わかったわよ。じゃあ、せいぜい頑張ってもらいましょうか」


「うふふ、素直じゃないんだから」


 言った皐月をきっと睨みつけるが、微笑み返され気勢を削がれたのか、雫はゆるゆると頭を振った。


「いいわ。じゃあ、始めましょうか。敵の千里眼を殺す、作戦会議ってやつを」

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