3.千里眼事件

「まずは、そうね。簡単に確認しておきましょう。私たちにどんな能力があって、なにができるのか」


 切り出したのは雫だ。その発言を受け、隣に座る田中が顔をしかめた。


「おいおい、いいのかよ」


 たとえ味方とはいえ、いたずらに能力を開示すべきではない。田中は言外にそう言っていた。

 だが、年齢よりも幼く見える少女は、その風貌に似つかわしくない凍てつくような視線を田中に向ける。


「いいのよ。相手がならば、どこにいたってなにを話したって同じだわ。敵の力を警戒して、私たちの間で意思疎通が図れないほうが致命的でしょう。それとも、裏切りやスパイを警戒しているのかしら。?」


 田中はもちろん、その場にいた皆が背筋に氷を差し込まれたような感覚を覚えた。この少女は言っているのだ。裏切りは決して許さない、と。皐月だけが涼しい顔で微笑んでいた。


 重苦しい沈黙が下りたテーブルの上で、アイスコーヒーの氷がカランと揺れる。それを合図にしたかのように、雫が口元を薄っすらと開いた。


「私の能力は、知っての通り、『千里眼クレアボヤンス』と呼ばれているわ」


 自ら先陣を切った雫に、おずおずと希が訊ねた。


「……あのさ。聞いていい、ですか? そもそも千里眼ってどういうものなの? なんとなくはわかるんだけど……」


「質問は大歓迎よ。それに本質を捉えているわ。そうね」


 嘘のような微笑みを浮かべると、雫は少し考え込むような仕草をした。


「『千里眼』という言葉には様々な力……異能が含まれているの。共通しているのは、力であるということ」


「見通す?」


 首を傾げる希に、雫は笑みを深める。


「まず透視能力。箱の中身を当てたり、カードを捲らずに絵柄を当ててみせたりね。それから、死体や財宝など任意の失せ物を見つけるような、どこにあるのかまで当てる場合。これは単なる透視の範疇を超えているわ。『千里眼』と聞いてまず思いつくのはこれじゃないかしら。さらには災害を言い当てたり、死期が見えるといった力。ここまでくると予言や予知能力ね。夢や幻を見抜く力、心眼とも同一視されることもあるわ」


「えと、それじゃ。千里眼っていうのは、能力というより……」


「その通りよ。『千里眼』という言葉には、複数の異能が包括されているわ。だから『千里眼』というのは異能そのものを指すというよりも、そう呼ばれるに相応しい異能を持った者の呼称だと捉えた方がいいかもしれないわね」


 ふむふむと感心した様子の希に対し、雫は満足そうな表情を浮かべる。


「実際、海外の超心理学において、クレアボヤンスの力は三つのクラスに分けられることが多いわ。


――遠隔視。リモートビューイング。RVとも呼ばれるわ。知覚範囲外で起こっているはずの出来事を知覚できること。カードの絵柄や箱の中身を当てる力はこれね。強い力であればあるほど、生中継みたいにあらゆるものが筒抜けになるわ。隔離された部屋で筆談をしようと意味がない。強力なRV能力者と敵対する相手が、内密に動くことは難しいでしょうね。


――過去視。レトロコグニション。過去の出来事を視る能力。サイコメトリーに近いけれど、程度の高い力であれば遺物も必要ない。自ら動くことなくビジョンを視ることのできる非常に強力な力よ。


――予知。プレコグニション。未来の出来事を知覚または予測する力。その精度や見通せる長さは持ち主の力によるけれど、言わずもがな強大な力であることは疑いようがないわね。


もっとも、すべての千里眼、あるいはクレアボヤンスにこれらの能力があるわけじゃないし、力の強さもまちまちよ」


 雫の説明を聞いた律も、希同様に深く納得していた。

 たしかに千里眼という言葉だけでは〝遠くのものが見えるのか〟などという曖昧な印象しか受けない。パイロキネシスが発火能力を持ち、アポーツが物体移動能力を持つような明確なが『千里眼』という言葉にはないのだ。


 感心する律に気づいているのかいないのか、微笑みを崩さないまま雫はさらに口を開く。


「今から百年以上昔の、明治時代。『千里眼事件』と呼ばれる一連の騒動があったの。自称・千里眼能力者の御船千鶴子という若い女性に端を発し、高名な学者やマスコミを巻き込んで一大センセーションを巻き起こしたのよ」


「えっ、実話ですの」


「もちろん」


 戸惑ったように呟く麗華に、雫はすかさず言った。


「あまり詳しく説明しても仕方がないから、興味があればあとで調べてみるといいわ。重要なのは、御船千鶴子が日本で初めて科学的に調査された超能力者であること。そして、不十分な検証や雨後の筍のように湧き出る「自称千里眼」たちもあいまって、『千里眼は科学にあらず』という結論に至ってしまったことよ。その結果この事件は、この国における超能力・ESPの扱いをある種方針づけてしまったと言っても過言ではないでしょう」


「科学にはあらずって。結局、超能力……千里眼の存在は立証できたのか?」


「……いいえ。千鶴子が背を向け、手元を見せないようにしていたことや、透視に成功した鉛管がすり替えられていたことが発覚したこと。これらにより科学者やマスコミの間で不信が募り、『千里眼』や『催眠術』といったものへ否定的な論調が強まっていったのよ。そしてそんな最中、千鶴子は自ら命を絶ってしまった」


 雫が説明している間に、自分でも千里眼事件の記事などを見ていたのだろう。茉莉はスマートフォンを片手に申し訳なさそうな顔を浮かべている。


「あの……言い方は悪いのですが、ペテンが発覚しかけたことが原因だったのでは。背を向けた状態でいるどころか、透視対象と千鶴子さんだけを別室に移して行われた実験もあったようですし。亡くなった方を悪く言うつもりはありませんが、その、能力の存在はかなり疑わしいというか……。それから、」


 茉莉がちらと目を向けた瞬間、ホルダーに収まっていた紙ナプキンが彼女の手の中にする。転送アスポーツ。これが彼女の能力だった。

 希と麗華は目を丸くしていた。話には聞いていたが、実際に目にしたのは初めてだったのだろう。


「私の場合ですが、ペーパーナプキン程度であれば少し意識しただけで引き寄せることができます。動かせるかどうかは対象の重さや体積で変わります。普通……と言っていいのかわかりませんが、能力ちからを使うために〝背を向けなくてはならない〟、あるいは〝手元を見られてはならない〟などという制約があるのでしょうか」


 茉莉の言葉を聞いていた律たちも同じ気持ちだった。なぜ雫が『千里眼事件』を引き合いに出したのかわからないが、御船千鶴子なる人物の能力は疑わしい、と。

 なにより、能力者である茉莉の言葉には説得力があった。


 ――だが、雫はぴしゃりと言い放った。


「いいえ。彼女は本物よ」


 どうして、と声は出せずとも尋ねる瞳たちに、雫は挑むような表情を作った。


「だって私と、御船千鶴子は血が繋がっているんですもの」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る