4.雫の語る顛末

 雫は言った。自分が御船千鶴子の縁者である、と。

 黙り込んだ皆に向かって、雫は苦笑を浮かべる。


「もっとも私は、千鶴子の孫や曾孫ではなく、姉とその夫……千鶴子からすると義兄との子の血を引く者よ。でもね。正確には、千里眼の力を持っていたのはその義兄の方だと私は踏んでいるの」


「……どういうことですの?」


 さっぱりわからないという風に麗華が眉をひそめる。


「憶測も多く、推理なんてとても呼べないものだけど」


 そう前置きして、雫は静かに語りだした。


「義兄はまず、千鶴子に『自分が千里眼の力を持つ』という催眠誘導を掛けた。当時は催眠術が一大ブームで、胡散臭いものから本物までは豊富にあったでしょうから、その流れで身につけたんでしょうね」


「ちょ、ちょっと待って。そのお義兄さんはなんでそんなことをしたの?」


「ちゃんと説明するから、まずは聞いてちょうだい」


 希の疑問に、雫は薄い微笑みで応える。


「さて、義兄はなぜ千鶴子に催眠を掛けたのか。その理由は彼が、千鶴子の能力――精神感応テレパスを見抜いていたからよ」


 その場の全員が息を呑んだ気配がした。それを意に介さず、雫は言葉を続ける。


「千鶴子の力は、他人の思考や思念が伝わってくる、サトリのようなものだと思う。もっとも、力の程度は微弱なもので、よほど強い思念でもない限りは千鶴子にことはない。だから自分の能力に本人さえ気づいていなかったんじゃないかしら。その能力に、義兄は持ち前の力のおかげで気づいた。彼は思ったでしょうね。『これは使える』と」


 言って、雫は自嘲するように鼻を鳴らす。


「催眠によって千鶴子に自身を千里眼能力者だと思い込ませた義兄は、その力を使った依頼を受けることを千鶴子に勧めた。

 失せ物や遠く離れた場所の事実をピタリと言い当てるその驚嘆すべき力は、口コミから広まり、次第に大きな依頼も舞い込んでくるようになったわ。炭鉱を発見し、現在の価値にしておよそ二千万円ほどを謝礼として受け取ったりね。

 しかし実際にいたのは義兄の方で、そのヴィジョンを強い思念を持って千鶴子にさせていたのよ。彼女はそれを、自分の力として疑いもしなかったでしょうね」


「なあ、義兄の力は本物なんだろう? どうしてわざわざ千鶴子を代役みたいに仕立て上げたんだ? そんなことをしないでも、自分で視ればいいじゃないか」


 律の質問は予想済みだったのだろう。或いは、そう投げかけるよう誘導されていたのかもしれない。油断なく見つめる皐月の視線の先で、少女は流れるように言葉を紡ぐ。


「ええ、代役。それこそが彼の狙いだったのよ。能力者として有名になるのは様々なリスクが有るわ。単純に多忙になるし、スキャンダル狙いの記者に張り付かれたり、能力を狙った誘拐や暗殺まであり得る。日清、日露戦争を経て帝国主義を歩みだした当時の日本なら尚更ね。だからこそ彼は、代役を立てた」


「でも千鶴子のそばに四六時中付き従っている必要がないとはいえ、結局依頼をこなしていたら忙しさは変わらないんじゃないか? 自分が殺されることはないかもしれないけどさ」


「それでよかったのよ。……だって彼は、十分な報酬を得たあと、適当なところでのだから。

 噂が大きくなりすぎ、帝国大学の教授にまで届いた頃、彼は。鮮やかな引き際、というべきなのかもしれないわね。ふふふ」


 冷たい能面のような顔で、雫は笑い声を上げた。


「義兄が力の行使を止める、それは、千里眼の喪失を意味する。千鶴子からしたら、突然自分の力が失われたように思えたでしょうね。高名な学者による『実験』に臨んだ千鶴子は、なんとか成功したときの手順を必死で再現しようとしたでしょう。でも、結果は失敗。当たり前よね。だって千鶴子には千里眼なんて無いのだから。

 それから彼女が有名になるに従って、世間には千里眼の持ち主とされる人物が次々に現れたわ。最初は持て囃された彼女たちだけど、その不完全な能力――あるいは手品やペテンが見抜かれたことから、次第に能力者全体へのバッシングへと変わっていった。

 そして千鶴子に残ったのは詐欺師の肩書と、自分に向けられる強い疑いと嫌悪の思念。ああ……繊細な彼女にはとても耐えられなかったでしょう。

 そして三回目の実験から翌年。千鶴子は服毒自殺によりこの世を去ったわ。これが私の思う『千里眼事件』の顛末よ」


 ふう、と息を吐く雫を、田中が沈痛な面持ちで見つめていた。


「そんなのってないよ……」


 茉莉が声を震わせ、希と麗華も俯いている。

 静まり返ったテーブルに、雫の硬い声だけが響く。


「この真相に思い至って……でも、私は決して自らの出自を呪ったりしなかったわ。ただ、私はこの能力ちからを、私以外の人のために使おう。そう決めたの」


 我がことのようにショックを受ける少女たちに、雫は穏やかな視線を送りながら、一転した優しい口調で言った。


「……私が言いたいのは。義兄の力が行使されていたとき、千鶴子は本物の千里眼だった。それだけよ」


「うん、うん……」


 堪えきれなくなったのか、ぽろぽろと涙を零す少女たちが泣き止むまで、雫は温かな目で見つめ続けていた。


 *


 超強力な能力者であった千鶴子の義兄。世代を追うごとに薄れてはいたが、その血に連なる雫は、それでも強力な千里眼の力を持っていた。数十キロに渡る広範囲を知覚することのできる遠隔視に加え、断片的な予知――プレコグニションの能力もあるという。浅霧アオイという存在を相手取るのに、非常に有力なカードだ。


 律と茉莉の能力はその場の全員が身を持って知っていたので確認もスムーズだった(ただ、律自身がどこまでできるのかわからない〝世界の改変〟は皐月の助言もあって伏せていた)。


 希と麗華の二人は雑務に加え、主に心理的に茉莉をサポートする役目を担った。


 田中はいわゆる超能力者ではないが、自身の霊的能力を引き上げる護符や霊具を用いた呪法で、この世の理のにある存在を相手に臨機応変に立ち回れる。〝寺生まれの田中さん〟は、怪異相手の遊撃に最も向いた人材だろう。


 こちらの手札は心許なく限られているが、未知の脅威を律単独で相手取るのに比べれば遥かに頼りになるだろう。律は遠くない未来に少しだけ希望が持てる気がした。

 その先に辿り着けたとき、約束された別れには目を向けないようにして。

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