7.掲示板

 問い合うように視線を交わす三人の中で、口を開いたのはやはり茉莉だった。

「……事件の始まりは、今からちょうど一ヶ月ほど前のことでした」

 ようやく詳しい話が聞けると内心ほっとしていた律だが、茉莉の真剣な表情に思わず居住まいを正す。

「本館の正面玄関を抜けた先には、学生向けの掲示板があるんです。投稿してきた生徒はまずそこで掲示を確認します。掲示板は初等部から高等部まで分かれていて、たとえばテストの日程とか、クラス替えの名簿とかが貼り出されます。その他にも、保健だよりや種々の啓発ポスター、学内新聞や、部活の勧誘のチラシなんかも掲示されています」

「なるほど、学校にあるものとしては普通の掲示板だと思っていいわけだな」

 頷く律に、茉莉も小さく顎を引いて応える。

「掲示板には透明のカバーが付いていて、ショーケースのようになっているんです。カバーをロックする部分には鍵が付いています。鍵は学年主任の先生か、生徒会の方しか持っていないので、勝手に掲示物を剥がしたり、追加したりすることができないようになっています」

 茉莉はそこで息をつくと、やや表情を曇らせながら口を開いた。

「で、ですね。ひと月ほど前のある朝、掲示板に、が貼られていたんですよ」

「あるもの?」

 オウム返しのように呟く律に、茉莉も頷き返す。

「あるものです」

「あるものってなんだ」

「それは、その……」

 口ごもった茉莉は、助けを求めるように希と麗華に視線を向ける。顔を赤くし俯いた麗華の横で、希はやれやれと肩を竦め、言った。

「女の裸の写真だよ」

「は?」

 予想外の回答に、律は思わず絶句する。固まった律を見た希は、にやにやと軽薄な笑みを浮かべ口を開く。

「首から下しか写ってないからどこの誰だかはわかんないけど、うちの制服をこうガバっと開いてさ。下になにも着てないから、ぽろーんって」

 言いながら、自身のブレザーも両手で開く希。控えめとはいえない胸部が強調されるように突き出され、律は思わず凝視してしまう。だが次の瞬間。

「律くん?」

 皐月に尻をつねられ、律は悲鳴を必死で堪えた。冷や汗を流しながら、恐ろしい微笑みを向けてくる皐月に視線だけで謝る。

「希! は、はしたないわよ」

「へいへい」

 麗華がたしなめると、希は素直にブレザーの前を閉じた。

「……そういうわけで、ある朝その、写真が掲示されていたわけです。全校生徒が見る掲示板ですから、騒然となりました。先生たち主導で聞き取り調査が行われ、犯人探しや写真の人物の特定を進めました。しかしそのどちらも成果は上がりませんでした」

 茉莉の言葉を引き継ぐように麗華が口を開く。

「そして、翌週。調査を嘲笑あざわらうかのように、再び写真が貼られていましたの」

「ご丁寧にポーズまで変えてね。相変わらず顔は見えないし、ホクロや傷なんかの特徴もないから、若い女の裸ってことしかわからないんだよね」

 困ったように頬に手を当てる麗華に、苦笑する希。

「なあ、鍵は本当に先生と生徒会の人しか開けられないのか?」

 律の問いに、茉莉が頷きながら言う。

「鍵は壊されたり、すり替えられたりした形跡はなかったらしいわ。それに、てん……てぃんぷる? なんとかって種類だから、針金とかで開けるのも無理だって聞いたわ」

「ディンプルキーね。ピッキングは絶対に不可能というわけではないけれど、技術的にも時間的にもかなり困難よ。最悪鍵穴を壊してしまうこともあるわ」

 皐月の補足を聞いて、律は困惑した表情を浮かべる。

「じゃあ先生か生徒会の人が犯人なんじゃないのか? その人たちしか掲示板の鍵を開けられないんだろ? 貼られていたのが若い女の写真なら、生徒会の人が怪しいんじゃ」

「ええ。先生方も生徒たちも、当然それは考えましたわ。流石に面と向かって指摘はしませんでしたが、皆が内心では考えていたことです。生徒会の中に犯人がいる、という空気は徐々に蔓延していきました。やがては生徒会への糾弾が始まっていたことでしょう」

 麗華は頷き、律の意見を肯定する。

「そこで、自分たちが非常に危うい立場にいることを自覚していた生徒会の方々は、有志の方々を交えて掲示板を見張ることにしたんですの」

「処分がかかっていたから生徒会も必死だったろうね。学園の平和のためだってゴリ押しで先生方の許可も取り付けて、朝昼はもちろん、寮生を中心に夜まで交代制で見張ることにしたんだ。二人ないし三人以上をくじでランダムに選出して、掲示板の周囲に怪しい人物が近付かないようにしていたらしい」

「なるほど。自分たちだけじゃなく、生徒会以外の生徒も交えて見張りをしたわけか」

 希の説明を受け、律は感心したように言った。その方法ならば、生徒会内部で結託することはできないだろう。誰が監視のパートナーになるのかわからないため事前に対策も取れず、その場で懐柔や脅迫をするにもリスクが大きい。

「ええ。私たち超科学研究会も、主に早朝の見張りをしていたのよ」

「じゃあ、監視を始めてからは怪文書……じゃなかった、怪写真は貼られなくなったんだな?」

 律の問いかけに、三人はなんともいえない表情を浮かべた。その反応に首を傾げる律に、茉莉が言った。

「それが、また起きてしまったんですよ」

「なんだって?」

「先週のことです。その日は私が早朝の担当でした。朝の六時少し前、私が玄関へ歩いていくと、遠目にも見張りの皆さんが騒然としていたんです。嫌な予感を覚えて駆け寄ってみれば、掲示板の真ん中、他の掲示物の上に写真が貼られていたんです」

 こめかみをおさえながら、茉莉は続ける。

「その日も見張りの人たちが前日の夜からずっと張り込んでいました。誰かが見張りの人に気づかれずに掲示板に近づいて、鍵を開けて、写真を貼るなんてこと、できるはずがありませんでした。そもそも夜の間は、生徒会所有の鍵を先生に預けてあるため、誰も開けることはできません。それにひとつ前の交代、午前四時頃には写真は無かったそうです。でも……四時から六時の間に、まるで滲み出てきたように写真が貼られていたんです」

 驚愕、怒り、混乱、そして恐怖。茉莉の言葉の通りならば、見張りのメンバーがパニックになったであろうことは想像に難くない。

 律は溜息を吐くと、若干顔色の悪くなった茉莉に向かって言った。

「なるほど。どうしてオカ研が依頼をしてきたのかと思ったが、これは確かにの事件かもしれない」

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