6.超科学研究会
道すがら、律は名乗りながら雫の部下であることを簡単に説明した。さらに、『なぜ雫ちゃんじゃなくて律くんなのか、説明が必要ね』という皐月の入れ知恵で、〝自分も雫と同様の力がある〟と告げた。ややしどろもどろな律だったが、茉莉は疑うどころか感嘆したように息を漏らし握手を求めてきた。決して嘘というわけではないのだが、律は妙な罪悪感を覚えたのだった。
*
茉莉の案内で辿り着いたのは、中等部西側に位置する建物だった。
「こちらは文化棟。中等部以上の、主に文化部の活動拠点となっていることから、もっぱら私たちは『部活棟』と呼んでいます。これから私たちの部室へと案内しますね」
「へえ、大学のキャンパスみたいなのね」
各校舎とは打って変わって装飾もなく無骨な建物を見上げながら、興味深そうに皐月が呟いた。
建物に入ると、屋外とは違うややひやりとした空気が肌を撫でた。
「部室って、なんの部活なんだ?」
茉莉に先導されながら、律が訊ねる。茉莉はどこか影のある笑顔で答えた。
「超科学研究会……
言って、あはは、と乾いた笑みを浮かべる茉莉。
公立校であれば校舎内の空き教室やを活動場所として間借りすることが多いだろう。だがここは潤沢な資金と広大な敷地を持つ聖アナスタシア学園。実質部員三人の弱小文化部であっても専用の部室が与えられるようだ。
引き攣った愛想笑いを返す律に、皐月がそっと囁いた。
「私が入ったら幽霊部員が三人ね。うふふ」
噴き出しそうになるのを堪えながら、律は言った。
「なるほど、オカ研繋がりで雫……さん、と知り合いなのか」
「そのとおりです! 巷で『
「そ、そうか。それはなにより」
食い気味に答える茉莉に気圧される律。
「今日もお会いできると思っていたのですが……あ、ごめんなさい。不満なわけではないんです。だって、雫様と同等の力をお持ちのお方をお招きできたのですから!」
「ああ……」
知らないうちにハードルがぐんぐん上がっていることに気づき、律は頭を抱えたくなった。一人盛り上がっている茉莉を尻目に、口を動かさずに皐月へ囁く。
「ど、どうしよう」
焦りの色に染まった律に、皐月は苦笑しながら返した。
「落ち着きなさい。どんな依頼にせよ、解決すればいいのよ。元々そのために来たんだから」
「そ、そうだな……」
律が自分に言い聞かせるように呟くと、前方を歩く茉莉が足を止めた。どうやらここが部室のようだ。
ガラリ、と茉莉が引き戸を開ける。茉莉の背後から室内を覗き込むと、ソファの上で胡座をかいて本を読んでいた少女が顔を上げた。
「おっ、例のお客さん?」
ほぼ同時に、壁際で背を向けていた髪の長い少女が振り返る。
「あら、お待ちしておりましたわ」
茉莉は呆れたようにソファの少女に声を掛ける。
「希、お客様よ。脚を閉じて」
「へーい」
答えた少女は素直に脚を閉じてソファの左隅に寄った。
気安く言葉を交わしながら中へ進む茉莉に従って、律も超科学研究会の部室に足を踏み入れた。
「どうぞ、かけてください」
茉莉に促された律は、希と呼ばれた少女の向かいのソファに腰掛けた。
そのまま興味深げに室内を見回す。窓には分厚い遮光カーテンが掛けられ、大きな本棚には古びた背表紙の分厚い本。部屋の側面に並べられた棚や机にはさすがオカ研というべきか、水晶玉からウィジャ盤、何につかうのかわからないオブジェまでが所狭しと置かれていた。
きょろきょろと視線を動かす律の前、ローテーブルにことり、とカップが置かれた。見上げると、先程まで部屋の隅にいた少女がポットを手に澄まし顔を浮かべている。
「ルイボスとローズヒップのハーブティですわ。優しい香りで落ち着きますわよ。お口に合えばよろしいのですけれど」
ティーポットから律の前のカップに注ぎながら少女は言った。
「あ、ありがとう」
どうやら、律の来訪に備えてお茶の準備をしてくれていたらしい。
口調に疑問を覚えながらも、いただきますと呟き、湯気を立てるそれに口をつける。律は今までハーブティなど口にしたことは無かったが、すっきりとした口当たりの中に僅かな酸味が顔を出すそれは存外飲みやすく、思わず呟いていた。
「美味しい……」
「なによりですわ」
ほっとしたように微笑みを浮かべると、少女は律の向かい側にもカップを置き、ハーブティを注いでいった。
その間にローテーブルを挟んで向かいのソファに茉莉も腰を下ろす。給仕を終えた少女も腰掛けると、律の前には三人の少女が並ぶ形となった。中央が茉莉、左右に部室にいた二人が座っている。
全員が腰掛けたのを見計らって、茉莉が口を開いた。
「さて。全員揃ったところで、まずは自己紹介をさせて頂きます」
言って、茉莉は右手を向ける。
「こちらは
「雑! 紹介が雑!」
ソファで胡座をかいていた少女――希が不満の声を上げる。日焼けした肌にショートカットの髪。すらりとした長身に引き締まった体をしており、見るからに運動神経が良さそうだ。運動部に所属していそうな印象に、なぜ超科学研究会に籍を置いているのかという疑問を覚えながらも、律は「よろしく」と軽く頭を下げる。
希の非難をどこ吹く風で受け流し、茉莉は続いて左手を伸ばす。
「そしてこちらは
「お、お嬢様芸人っ!?」
お茶を淹れてくれた少女――麗華が、微笑みを愕然とした表情に変えて言った。
焦げ茶色の長髪は緩やかにウェーブがかかっており、意志の強そうな瞳とすっと通った鼻筋を持っている。可愛い、というより綺麗、という形容が相応しい美少女だ。文字通りお嬢様然としている。口調も含め、ある意味、最も聖アナスタシア学園の生徒像のイメージに近い少女だった。
だが茉莉は肩を竦めながら言った。
「だってその口調って〝キャラ〟じゃない。アナスタシアの生徒に相応しくなるって急に言いだして」
「初等部に編入してきた頃は訛りが酷かったもんね。別にあれはあれで親しみやすかったけど」
茉莉と希の言葉に、麗華は顔を真っ赤にして叫ぶように言った。
「お、お客様の前でおやめなさい! だいたい茉莉さん、あなただって初等部の頃は『魔法少女☆マジカルマツリン』を名乗っ……」
「それはやめてええ!」
悲鳴を上げて麗華の言葉を遮る茉莉。そのままぎゃーぎゃーと口論が始まってしまった。
会話の節々から、三人が初等部の頃からの仲だと伝わってくる。気のおけない者同士の彼女たちの様子は、まさに女三人寄れば
最初のうちは呆気にとられていた律も、終わりそうにない喧騒を前にしておずおずと声を掛けた。
「あの……そろそろ、いいか?」
律の言葉に三人はぴたりと口をつぐみ、ばつが悪そうに苦笑した。その示し合わせたような動作に、一見ばらばらに見える三人も案外似た者同士なのかもしれない、などと苦笑しながら律は思ったのだった。
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