5.対峙
ちかちかと点滅する水銀灯の下を通り過ぎ、買ったばかりの炭酸飲料を口にしながら、律は路地へと出た。
数歩足を進めれば、膨れ上がった殺意を確かに背後から感じる。
だが律は振り向かない。逃げ出さない。抵抗もしない。
そして数瞬の後、耐え難い衝撃とともに、いつものように律の背中から刃物が生えた。まだ中身の入ったペットボトルが路地へ転がり、泡を立てた中身がしゅうしゅうとアスファルトへ染み込んでいく。
だが律は振り向かない。代わりに、痛みを堪えながらも精一杯明るい口調で言った。
「圧倒的優位な立場で人を殺すのは楽しかったか? 楽しかったんだろうな。毎日毎日飽きもせずに僕の背中を刺してさ。だが残念。それも今回で終わりだ。せいぜい最後の余韻を
虚勢を
*
目を覚ました律は、部屋の壁にもたれ掛かっていた皐月に視線を向ける。じわりと汗はかいていたが、呼吸に乱れはほとんどない。
「いよいよ、今日か」
「怖気づいた?」
「まさか。……と言い切れない程度には内心びびっている」
笑い合う律たちに、もはや言葉は必要なかった。
静かに頷き合い、決戦に向けた準備を黙々と進めた。
「……しかし、よくここを見つけたね」
律の目には、薄暗さの中に
「ちゃんと探せば大抵のものは見つかるのよ」
二人は夢で見たコンビニ……と、よく似た店舗へ足を運んでいた。
律が夢に見ていたコンビニは、彼の記憶にあるものではない。店舗自体は有名チェーンのものだったが、立地も、駐車場の広さも、切れかけた水銀灯も、実際には訪れたことのない架空の店舗だった。おそらくは、律の記憶と男の悪意が混ざり合ってできた空間なのだろうと皐月は分析する。
架空の存在であったはずの夢の中のコンビニ。その店舗と瓜二つの店舗を、ネットの海から律たちは見つけ出していた。とはいえモニタから見た印象と、実際に足を運んだ際のそれは異なっているだろうと律は踏んでいた。
律が驚くのも無理はない。その予測は、〝予想以上に似ている〟という形で裏切られていた。看板の角度や店舗外の灰皿の位置などに微妙に差異があるものの、店舗の大きさも、左右に伸びた路地も、駐車場も、ほとんど同じと言って差し支えないレベルだ。
周囲に人の気配はない。律は静かに深呼吸をすると、店舗へと足を踏み入れた。
入店後、律はまず雑誌コーナーを物色した。以前読んでいた週間漫画雑誌を手に取り、ぱらぱらと捲った後に再び棚へ戻す。続いて奥のドリンクコーナーへ向かい、冷えた炭酸飲料を取り出す。最後にミントタブレットを見つけ、レジへと向かった。
そう、律は夢の中の行動をなぞるように行動していた。夢の〝台本〟を現実でも再現しているのだ。
代金を支払い、ビニール袋は断って律は店を出る。手には炭酸飲料、タブレットはポケットに入れた。
駐車場では皐月が待っていた。薄く微笑みながら手を振る皐月に口元だけで笑い返すと、律はゆっくりと駐車場を横切った。やがて、左右へ延びる路地へと足を踏み入れたときだった。
――周囲の空気が変わった。
気温が一気に下がったような、光度が一段階下がったような、不吉な戦慄がびりびりと律の肌を焼く。
立ち止まってはいけない。冷や汗を押し戻すように、律は更に足を進める。
一歩、一歩。険しい表情を浮かべた律が十メートルほど進んだときだった。律の背後で濃厚な気配が噴き上がった。
そして次の刹那。
ギィン、と甲高い金属音が路地へ鳴り響いた。
ィィィン……と余韻が尾を引いているうちに、律は前方へ飛び込むように距離を取り、素早く踵を返した。
律は背中に、ホームセンターで購入した鋼板を仕込んでいた。三センチメートル程の厚みのある鋼板は、背中を広く覆うようにすると重量は十キログラム近くなってしまった。それだけの重さを、ベルトで抑える程度で固定するのは難しかった。だが文字通り、背に腹は代えられない。そこで工作室のドリルで穴を開け、紐を取り付け、シャツの下でリュックのように背負っていたのだ。夢の中には存在しなかった亀の甲羅のような鋼板で、必殺の初撃を律は防いだのだった。
律は油断なく
そして、鈍く街灯を反射する凶刃を手にしている人影……
夢の中で何度も見た男が、明らかに戸惑った様子を浮かべ、律を見つめていた。
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