9.転送

 滲み出るように出現した写真に律は絶句していた。

 犯人探しやトリック当て以前の問題だった。感覚を共有している皐月を見れば、彼女もさすがに驚きの色を浮かべていた。だが、すぐになにやら考え込むように首を傾げると、小さく目を見開いた。


 落ち着いた様子だった律が突如驚愕をあらわにしたことで、オカ研三人組にも動揺が走る。心配した表情で、麗華が声を掛けた。

「ど、どうしたんですの……?」

 隣に立つ皐月は、既にいつもと変わらぬ微笑みを浮かべていた。

「い、いや。なんでもない」

 言って、律は目を閉じ、深く息を吸い込む。

「そうよ、律くん。落ち着いて考えるの」

 律の耳朶じだが皐月の囁きを捉える。

(皐月さんはきっと、すぐに可能性に思い至ったんだ。この現象が起こり得る可能性に)

 息をゆっくりと吐き出す律。

(皐月さんはあえて「ノックスの十戒」や「ヴァン・ダインの二十則」を説明した……? そう考えれば、〝方針〟は定まるかもしれない)

 先程、皐月は言った。ノックスの十戒もヴァン・ダインの二十則もと。

(つまり、ミステリの原則に真っ向から逆らったものがだ)

 呼気を吐き出し切る頃には、律の精神もかなり落ち着いていた。

「律くん。きみは知っているわ。この世界に、人智の及ばぬ力や、人ならざるモノたちが存在することをわ」

 続く皐月の言葉に、律はある種の確信を得た。


「……引き寄せアポーツ

 律の呟きに、三人組の目の色が変わった。その大部分が怪訝に染まっていたが、僅かに混ざった異なる色を律は見逃さなかった。

 ――即ち、恐怖の色を。

「そうね。この場合はアスポーツのほうが正しいかしら?」

 にっこりと微笑みながら、皐月が言った。

「そうだ、な。この事件は、転送アスポーツの能力を使って引き起こされたんだ」

 噛みしめるように、律が言った。

「……別のところにあるものを取り寄せ、出現させる。これがアポーツ能力だ。逆に、あるものをどこかへ送る能力がアスポーツだ」

 律は顔を上げると、三人組の瞳を一人一人、順にじっと見つめた。

「この事件は、アスポーツの能力者が掲示板の外から写真を転送して引き起こしたんだ」

「……あの、盛り上がってるところ悪いけど、ちょっとついていけないんですけど」

 おずおずと希が手を上げた。

「そ、そうですわ。突然その、あすぽーつ? なんておっしゃられても。そんなもの、あるわけがないでしょう?」

 麗華も憮然とした表情で希に同意する。

「きみもそう思うか」

 律に問われ、茉莉はビクッと肩を震わせる。だが引き攣った笑顔を浮かべながらも、茉莉は言った。

「と、当然です。そんな非科学的な能力を挙げたところで、なんの根拠にもなりませんよ。そんなものが許されたら、世の中のミステリー小説はすべて成立しなくなってしまいます」

 茉莉の言葉に、こくこくと首を縦に振り同意する希と麗華。だが律は少しも動揺した様子は見せないどころか、やや呆れの表情で言った。

「千里眼を信仰し、超科学研究会に所属しているきみがそれを言うか」

 溜息を吐いて、律は続ける。

「事件の流れはこうだ。まず最初の事件は簡単だっただろう。誰も見ていないタイミングを見計らって写真を転送するだけなんだからな。その後は見張り役になったときを狙って掲示板に近づき、ケースの内側に写真を送り込んだんだ。……説明しておいてなんだが、トリックもなにもあったもんじゃないな」

「だからそんなものは」

「君が犯人だ。山﨑さん」

 律は茉莉の言葉を遮ると、その目を真っ直ぐに見つめ、判決を告げるように言い切った。

「あ、あんた! なにを根拠に」

 二の句の継げない茉莉に代わって、怒りの表情を浮かべた希が律に詰め寄る。律は複雑な表情を浮かべて言った。

「掲示板をのが間違いだったんだ。を視ればあっさり答えが出た」

「は?」

「忘れたか? 私は雫の部下だ。私はサイコメトリーの力がある。……って自分で言うのも恥ずかしいけど」

 詰め寄った希も、奥の二人もぽかんとした表情をしている。だが少女たちの顔には徐々に怒りが現れ始めた。

「おい! 茉莉を犯人呼ばわりしておいて、ふざけるのもいい加減にしろよ……!」

「そうですわよ! もう帰りなさい!」

 気色ばむ二人に、困ったように頬を掻く律。

「まあ、信じられないよな。そうだな……じゃあ織澤さん」

「な、なんですの!?」

 突然指名された麗華の肩が跳ね上がる。律は目を眇め、少女をじっと見つめながら口を開く。

「きみは……うん、朝早く家を出たと思ったら牛丼屋に入ったな。わ、大盛りつゆだくギョク。朝からがっつりいくなあ。いや、でも、うん。食べ方はすごく綺麗だね。とっても美味しそうに食べてるし、いいと思うよ……」

「え……」

「麗華あんた……」

 茉莉と希は絶句し、麗華を見つめる。

「な、な、な……」

 朝の楽しみを律に暴露された麗華は、赤くなったり青くなったりしながらぱくぱくと口を開閉している。

「んじゃ次、柴田さん」

「ひっ……!」

 麗華の様子を見て、なにか恐ろしいことになることを予感した希は思わず悲鳴を上げた。だが律は無情にも、その口を閉じることはなかった。

「きみは……へえ、ゴスロリって言うのか? 意外だけど、似合ってるじゃないか。……おお、たくさん持ってるんだな。それを……なるほど、ネットで。配信者ってやつだな。わ、ものすごい数のファンがいるんだ」

「……うーん」

 誰にも、麗華や茉莉にさえも明かしていなかった趣味を言い当てられ、希の意識がふっと遠くなる。崩れかけた身体を、慌てて茉莉が支えた。

 あっという間に少女二人を戦闘不能にした律に怯えの目を向けながらも、気丈にも茉莉は言った。

「さ、詐欺です! ペテンです! コー……」

「詐欺でもペテンでもコールドリーディングでもホットリーディングでもない」

 ぴしゃり、と断ち切るように律は言うと、その矛先を茉莉に向ける。

「……夕食後。ベッドにスマートフォンを置いて、セルフタイマーで撮影。突然母親に呼ばれて大慌てでベッドに潜り込む。直後、脱ぎ散らかした服を見た母親になんとも言えない視線を向けられ数十分悶絶。その後なにか吹っ切れたように撮影会を再開……」

「参りました私がやりましたごめんなさいもうやめてくださいお願いします」

 律が口をつぐんだとき、茉莉は魂の抜けた表情で項垂れていた。


 律たちがいるのは、大勢が行き来する掲示板の前だ。そして気づけば律の目の前には、再起が危ぶまれる状態の少女が三人。少女たちが声を張り上げていたこともあって、何事かと遠巻きに視線を送ってくる生徒たちもいた。

 律は右へ左へ目を向け、目の前の少女たちを見て、途方に暮れたように言った。

「ちょっと、やりすぎた、かな」

「そうね……」

 呆れたように、皐月が苦笑した。

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