20.魂の色

「嬢ちゃんのことはともかく、だ」

 柚那を見送った後、脱線した流れを田中が強引にもとへ戻す。

「これでめでたしめでたしとは思えねえ。人狼をまるで使い捨ての駒みてえに扱っていたあいつ。あの学生が首謀者だとしたら、これからも行動を起こしてくる可能性が高い」

 そこで一旦言葉を切った田中は、困ったような表情で律たちを見て訊ねた。

「なあ。あいつとなにがあったんだ?」

 律たちがなにか言う前に、更に田中は続ける。

「俺が聞きてえことは三つある。一つ目がそれだ。答えられないものは無理にとは言わねえ。だが、わかるだろ? この事件は終わってねえ。これからも協力していきたいと思ってるし、できるだけ情報は開示してくれるとありがたい。もちろん、俺について知りたいことがあれば、こっちも答える準備はできてる」

 いつになく真剣な表情で語る田中に、律と皐月は顔を見合わせる。確認するように小さく頷き合うと、律が口を開いた。

「わかった。あんたは命の恩人だからな。答えられるものはなるべく答えたいと思う」

 命の恩人、というのがなんのことを指しているのかわからなかった田中だが、すぐに護符で人狼を攻撃したときのことだと思い至った。田中からすれば律を囮にして隙を作ったたとも言えたが、敢えてなにも言わずに頷き返した。それに首肯を返すと、律は静かに語り始めた。すべての始まりとなった、あの事件についてを。

「まず一つ目だな。……あいつと出会ったのは廃工場だ」


 *


 律が語った内容は、田中の想像を超えていた。

「おいおい、そりゃあ……」

 職業柄、多種多様な人間と接し、聞き取りや尋問も行ってきた。口先だけで言い包めるのも得意だ。その田中でさえ、なんと声を掛けていいのかわからなかった。

「あいつとの因縁についてはよくわかった。すまねえ、だがよく話してくれた」

 言って、田中は頭を深く下げた。普段飄々としている田中が、一回り以上年の離れた自分に頭を垂れた。そのことが律に小さくない衝撃を与えた。それだけ重く受け止めてくれたのだと気づき、廃工場でのあらましを語って沈んだ心が少し軽くなった。

「……じゃあ、二つ目だ」

 ようやく頭を上げた田中が口を開く。

「その姉ちゃんは、お前のなんなんだ?」

 やはりきたか、と律は思った。ちら、と横目で皐月を見る。

「あまり気は進まないけれど、律くんに任せるわ」

 皐月はそれだけ言って、静かに目を閉じた。この件については完全に律へと一任するということだろう。すなわち、皐月の正体を話すか否かだ。

 田中にならば、皐月のことを話してもいいかもしれない。律はそう考え始めていた。だが、かといってどう切り出したらよいのかわからない。迷った挙句、律は訊ねていた。

「逆に聞きたいんだけど、どうしてあんたは皐月さんのことが見えるんだ?」

「質問に質問で返すな、なんて野暮は言わねえが……どういう意味だ?」

 本当に意味がわからないという風に、田中は困惑の表情を浮かべている。そこでようやく、今の皐月との出会いから、今に至るまでの経緯を語り始めた。


にわかには信じられねえ話だが……幽霊やら妖怪やらに加えて狼男まで出てきやがったんだ、今更だな」

 律の話を聞いた田中は、なんとも言えない表情を浮かべて頬を掻いた。反応としては微妙だが、少なくとも妄想だと一笑に付したり、作り話だと決めつけられなかったことに律は内心安堵していた。しかし次の言葉に、率は耳を疑った。

「だがそうだとするとおかしい。辻褄が合わないぞ。変なんだよ」

「どういうことだ?」

 ぶつぶつと呟き始めた田中に、今度は律が困惑する番だった。

「なに? いきなり人を変人呼ばわり?」

 眉をひそめた皐月が思わず口を挟んだことで、田中ははっと我に返ったように呟くのを止めた。そして取り繕うように口を開く。

「い、いや、すまん。そうじゃねえ。そうじゃねえんだが」

 律と皐月の視線を浴び、逡巡するように目を泳がせた田中は、観念したように息を吐くと静かに語り始めた。

「本人の前でするような話じゃねえからやりづらいんだが……俺はオーラみたいなもんが見えるのは前に話したな? 魂の色って言い換えた方がわかりやすいかもしれねえな。まあ、色ってのはあくまでたとえだから、本当に赤とか黄色とかに視えるわけじゃねえぜ」

 こくりと頷く二人を見て田中は続ける。

「んでその魂の色なんだが、人によって違って視えるんだ。単色の奴がほとんどだが、中には複数の色を持ってる奴もいる。ただ複数色持ちの場合でも普通はこう、グラデーションっつうか、継ぎ目や境界が曖昧なんだよ。けど姉ちゃんの場合は違う。妙なことに律、お前とよく似た……というかほぼ同じ色が大部分なんだ。だから母親か姉弟きょうだいかと思ったんだが、さっき聞いた話によれば同じような色をしててもおかしくはねえわな」

 律と皐月は、言うなれば同じ魂を共有する存在だ。魂の色とやらが近しいのは当然だった。それだけに、歯切れの悪い様子の田中が気になった律が訊ねた。

「なにが気になるんだ?」

 田中は律の目をじっと見つめた後、医師が病名を宣告するように言った。

「姉ちゃんの魂の色に、違う色が混ざってるんだ」

 表情で疑問符を表す二人に対し、田中は続ける。

「たとえば律、お前の魂の色が青だとしよう。姉ちゃんの方も大部分が青だ。ここまではいいか」

 田中は二人が頷いたのを確認し、更に口を開く。

「んで、だ。姉ちゃんの青色の中に、小さな黄色い魂が混ざってるんだ。さっきも言ったように、普通だったらこう、じわっと混ざりあって青と黄緑みたいになるわけ。だが姉ちゃんの場合、黄色い部分が完全に分離した状態なんだ。まるでこう、核とか、心臓みてえな感じだ。俺もこんなのは始めて見たんだが、なにか思い当たる節はあるか?」

 田中の説明を咀嚼し、ある可能性へと思い至ったとき、律は鳥肌が立った。やがて全身が小刻みに震えだし、込み上げてくる熱いものを必死で押し留めながら、律は言った。

「さ、皐月さんだ」

「はあ? 姉ちゃんなら隣に……」

 向かいに座る皐月を見てから律へと視線を戻した田中は、思わずぎょっとした。

「ち、違う! ほんもの、ほんものの皐月さんだ!」

 我慢の限界を超えたのか、堰を切ったように律の目から涙が溢れ出る。


 突然泣き出した相手におろおろと腰を浮かせる田中と、遂にしゃくり上げ始めた律。

「私、は……」

 一時いっとき蚊帳の外へ置かれた皐月は、呆然とした表情で呟いていた。

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