第34話 ……嫌い。
「えー、少し音響機材のトラブルが発生して、復旧までお時間がかかります。会場の皆様は、五分ほどお待ち下さい」
則天去私の発表が終わり、スタッフから放送が流れた。試合中はなんともなかったが、審査員の楠かつのりさんが話したとき、ノイズが多々入ったので、急遽整備の時間が入った。その間、三人のおばあちゃんは審査員から質問を受けていた。
「おばあのバイタリティじゃねえよ」
中島が薄ら笑いを浮かべる。
「凄いことだぜ。あの歳であれだけの熱量を持つっていうのも」
「リョウエイも珍しく
「ああん、何だと!」
中島のツッコミにリョウエイが拳を挙げる。リョウエイがひょっとこ顔で怒るもんだから、イマイチ迫真さが足りず中島が吹き出す。
「ばあちゃんか――」
二人の掛け合いを対岸の祭りのように見つめていた俺の口から、不意に弱々しい言葉が溢れる。試合前なのに、迂闊だったと思い直し、取り繕おうとするがすでに遅かった。
「実は、罪悪感がある」
心配そうに俺の顔を覗き込む二人に、正直にそう言った。
「いやにネガティブだな、どうした」
中島が上がり調子で声を張り上げ、俺の背中をバシバシ叩く。
リョウエイは中島に加勢して俺の背中を叩こうとした瞬間、中島に土手っ腹を突かれ更に怒ったフリをした(本当はガチで怒っているのだろうが顔は嬉しそうに笑っているのでイマイチ怒っているようには見えない)。
「ん、もう少しばあちゃんに何かしてあげられたのかもなって」
「確か、去年だっけ?」
中島が少し時間をおいて言う。
「よりにもよってアキの入試の前日に亡くなるとか、大変だったろうに」
リョウエイがそう言う。
「違う、違うんだ」
俺は、首を振る。駄々をこねる俺を見て、二人が顔をしかめたような気がした。違うと否定するたび、二人の足を引っ張る感覚と、さらなる罪悪感が襲う。打ち寄せる感情を引き剥がしたい衝動に駆られ、俺は髪をかきむしった。数本、息絶えたかのように抜け毛が学生服の上に落ちる。
「一番大変だったのはばあちゃんで、俺は、恩があるばあちゃんに何も出来なかった、祖母不孝な人間なんだ」
「そんな事ねえよ」
「ばあちゃんはさ、一家の大黒柱だったんだ。看護婦で忙しいのに、家事もやっててさ、明らかに働きすぎだった。その上、俺が部屋散らかしたとき、――だらぶち(馬鹿もん)部屋ばやくにして(部屋を散らかして)何しとんがけ、早く片付けんがいね! ――って怒ってさ、めちゃ怖かったんだ。でも、家族みんな、ばあちゃんが好きだった」
「でも、やっぱり、人生ってそんなにうまくは行かないんだろうね。働きすぎだったから、癌が見つかったときにはもうすでに、末期に近くて、すぐに寝たきりの生活になった。その時から、母さんも少しおかしくなっていたのかもしれない」
「ばあちゃん、家で介護してて、首の癌で、介助無いと寝返り打てないのに、辛くなる度何度も哲仁って呼んでいたのに、ヘッドフォンで耳ふさぎながら知らないふりして寝てた。俺も母さんも最初はちゃんとばあちゃんの介護してたよ、でも、受験との両立が出来なかった。俺の人生かかっているのに、ばあちゃんの介護で俺の人生めちゃくちゃになるのが嫌だなって怖かった。母さんは介護に疲れて倒れてて、俺しかばあちゃん助けられなかったのに。カナちゃん……――おばちゃんも、ばあちゃんが苦しんで死んだのは俺と母さんが悪いんだって責めた。そっちこそ他人に迷惑かけて閉鎖病棟にぶち込まれてばあちゃんの介護とか何もしてなかったくせに」
中島とリョウエイは何も言わない。
「俺は、社会からドロップ・アウトして、障害者手帳を貰いながらも、何もせず、ただ家の金使ってるおばちゃんが嫌いだよ。介護疲れがあったとはいえ、気でも狂ったのか、家の中をぐちゃぐちゃにして、何も改善しようとはしない母さんが嫌いだよ。家も臭くてさ、飯も食えないからいつも外食かコンビニ飯だし、学校も学校で学生の本分であろう勉強もできないし、教室でもボッチだし、居場所もないから嫌いだよ!」
中島が俺の手を掴んだ。
「そして、そんなものとは比較にならないくらい、無力な自分が何より――」
「やめろ」
「会場の準備が整いました。これより準決勝の後半戦。厨時代の発表に移ります」
スピーカーを通して、レフェリーの声が会場全体に響く。
俺は、中島とリョウエイを見た。……ふたりとも、怒っている。
「ごめん、もう愚痴るのはやめるよ」
俺は頭を下げる。
「いや、やめなくていい」
「――中島がやめろって言ったんだろ!」
俺は、喉の奥から絞り出した。
「叫ぶのはここじゃない、あっちだ」
中島が、ステージを指差す。
「別に、悔やむことはねえよ。則天去私のおばあも、今を生きてる」
リョウエイがやれやれだぜとジョジョ立ちをする。
「まあ、俺たちに任せて、アキは全力で思いの丈を会場にぶつければいい」
そう行って、二人は、光の下へと歩いていく。
俺は、よろよろと椅子から立ち上がり、二人にすがるように、ただ、俺たちが戦うリングへとついて行った。
――試合開始のゴングが鳴る。
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