第11話 光る才能

「勝者、青コーナー、中島!」


 結果は、誰の目から見ても明らかだった。観客は、総立ち。レフェリーが中島の手を高々とあげ、檜山先生が褒め称える。負けた星井も納得の表情で手をたたき、中島も両手を上げて観客の声援に応える。

 しかし、勝利を掴み取ったはずの中島の顔からは達成感も愉楽も感じられない。中島は取って付けたようなガッツポーズを一つするのみで、顔に張り付いているのは仮面のような笑顔だった。


「中島って、ポエム覚えてきてるん?」


 中島がリングから降りると、サッカー部の連中が奴に声をかける。中島は

「ポエム? いや、その場で考えてる。アドリブだけど」

 と、朗読が取るに足らないことのように言ってみせた。冷めてやがる。


「アドリブ! へー!」

「クール!」


 会場から次々と起こるガヤ。クラスメイトが中島を囃し立てると、中島は愛想笑いを作って定位置の床へと戻った。「アドリブだけど」だって? 格好いい。俺もあんなこと言いたい。言いたい!

 俺は拳を強く握りしめる。


「それでは、これから決勝戦を始めます!」


 会場のざわつきを見渡して、檜山先生は声を張り上げる。一瞬、会場が水を打ったように静まり返り、次の瞬間には生徒たちの歓声と拍手が会場を包んでいた。


「決勝戦のルールは即興詩対決となります。準決勝までと同じように、三分間に出されたお題で詩を朗読してもらいます!」


 即興詩。その場で出されたお題を考え、準備時間もないまま発表する朗読スタイルだ。

 檜山先生に呼ばれ、決勝戦で戦う前場と中島の二人がリングへと上る。中島は普段どおりだからいいとして、前場は事前に準備していくタイプだから辛いだろうな。実際、前場はどんなお題が出るのかそわそわしているし。こっちまで緊張する。


「本日は、詩のボクシング協会会長である楠かつのりさんが来てくださっているので、楠さんに、お題の方をお願いしたいと思います」


 檜山先生が楠さんにマイクを渡す。楠さんは何度かマイクの集音部分を指でなぞった後、朗々と言葉を発した。


「お題を発表する前に、一つ、言いたいことがあります。詩を発表してくれた皆さん、大変素晴らしい作品を見せてくれてありがとうございました。決勝戦へ勝ち上がった前場くんも中島くんも、よくここまで素晴らしい詩を作ってきてくれました。だけれども、決勝まで惜しくも届かなかった皆さんが詠んだ詩も、決して劣ってはいないということを覚えておいてください」


 檜山先生が大きく頷く。


「皆の前で詩を発表するというのは中々ハードルが高い。それでも、皆の前で自分を表現するということは、きっとこれから君たちの役に立ってくれます。まずは皆さんの努力と熱意に感謝です」


「その通り。楠さんが言ってくださったように、受験勉強で忙しくなる前の今だからこそ、こうやって自分を周りにさらけ出して、気持ちを自分の言葉にすることを思いっきり楽しんでくれ」


 いつの間にか予備のマイクを手にしていた檜山先生が皆を見渡して熱く語っている。


「そして約束通り、今大会の優勝者には国語の成績を問答無用でにします!」


 会場から湧き上がる「マジか!」「いいな~」の声。


「え、そうだっけ?」

「アキ、大会が始まる前に言ってたじゃんか」

「いや、高校の成績とか興味ないわ」


 俺と内山は顔を見合わせ、笑う。


「それでは、楠先生、お題をお願いします」


「お題。お題は、ゴキブリで!」

 楠さんは悪戯っぽい笑みを浮かべてお題を告げた。


「ゴキブリぃ!? これは中々難しいお題がでました」


 檜山先生は、目で決勝進出者の二人に合図を送る。


「それでは決勝戦! 赤コーナー前場雄基まえばゆうき!」


 前場がリングの中央に立ち、中島がリングの隅へと移動する。

 先方は前場だ。ゴングとともに、前場がボソリボソリと口を開いた。


「ゴキブリ、ゴキブリ。ゴキブリって、こう、わさわさ~と動いて、気持ち悪いですよね。夜中に台所に出たら怖いと言うか、気持ちが悪い姿をしている。足が六本あって、体が茶色で、すごく早いし飛べる。……後は……」


 前場の話が続かない。


 終了のゴング。会場からはパラパラとした拍手。煮え切らない顔ですごすごとリングの隅へと下がる前場。

 そんな空気を払拭するかのごとく、檜山先生は声を張り上げる。


「続いて、青コーナー中島賢志なかしまさとし!」


 中島が前に出る。堂々と、一歩ずつ。

 ――試合開始のゴングが鳴った。


「先日、夜遅くまで勉強していたらお腹が減ったので、キッチンに夜食を食べに向かったんですよ」


「キッチンの近くには僕の両親の部屋があります。なので、電気をつけて起こすのも悪いかな。と思って電気をつけずに冷蔵庫などを物色。幸い目が慣れてきたのでそのまましばらく夜食を探していました」


「そういえば、買い溜めておいたカップ焼きそばがあったな~と思って、蛇口の上の方にある戸棚を開けて手を伸ばしたんですね」


「あれ、買っておいた焼きそばがない。妹が食べたのかな。あ、僕には五歳下の妹がいるんですけど」


 小粋な語りから繰り出されるポエム。いや、これはポエムではない。


「ないな~ないな。カサ、コソ。おっ、これは焼きそばかな。そう思って、奥の物体に手を伸ばしました」


 どこからか聞こえる怪音。


「ガサゴソガサゴソ……」


 ガサゴソガサゴソと、中島は声に出しながら耳を済ませるアクションを取る。その様子を、会場が固唾を飲んで見守る。


ー!!」


 中島が腹の底から声を出す。


 会場全体が一瞬硬直する。――終了のゴング。


 会場を包む動揺と、中島の健闘を称える大きな拍手。いやはや、あの状況から、よくここまで頑張った。


「結局、ゴキブリはどうなったんですか?」


 楠さんが中島に問いかける。中島は、「新聞紙で退治しました」と答えた。

 そこに嫉妬はなかった。ただ、純粋に、中島の堂々とした佇まいが眩しく見えた。


 優勝者のインタビューで中島は、「優勝できるとは思わなかった。ただ、ノリと勢いで押したらウケた」と言った。

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